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病院の沿革(歴史)
病院の沿革(設立)へ
1918(大正7)
病院建築を決意し、荒木寅三郎京大総長、島薗順次郎同医学部長に意見を求める。
1923(大正12)
6月2日、倉紡中央病院として創立。
病床数83床(1〜3病舎)。診療科7科(内、外、婦、眼、児、耳、物理療法科)。
開院式来賓の後藤新平子爵より「天地皆春」と揮毫した扁額を贈られる。
看護婦養成所を開設。歯科を開設。診療科8科。
関東大震災に救護班を出動。
1924(大正13)
病舎2棟を新築し、4〜7病舎とする。
隔離病舎を新築し、8病舎とする(病床数220床)。
職員の親睦会として院友会を結成。
1926(大正15)
研究室を開設
1927(昭和2)
倉敷中央病院と改称。独立採算制となる。
「倉敷中央病院年報」第1号発刊。
1930(昭和5)
喘息塔、アレルギー疾患清浄空気治療室を設置。
1934(昭和9)
財団法人に改組し、財団法人倉敷中央病院と改称。
1945(昭和20)
水島、岡山空爆による傷病者救援のため救護班を出動。
広島原爆被爆者救援のため救護班を出動。
1946(昭和21)
医師実地修練医療機関の指定を受ける。
米軍看護婦、病院施設および看護教育視察のため来院。
1949(昭和24)
総合病院として認定される。
1950(昭和25)
看護婦養成所第1回戴帽式を挙行。
1957(昭和32)
職員のクラブハウスとして古久賀会館完成。
1963(昭和38)
創立40周年。記念式典で大原總一郎理事長は「創立50周年には、今日とは全く様相を一変した病院として、再び皆さんと相会することを期待する」と式辞を述べる。
1964(昭和39)
救急病院の指定を受ける。
1968(昭和43)
臨床研修病院の指定を受ける。
1969(昭和44)
院内報「皆春」を創刊。
1971(昭和46)
全面的な増改築に伴う新病院の設計に着手。
鶴海建設委員長、ヨーロッパの病院を1か月にわたり視察。
1973(昭和48)
創立50周年記念式典ならびに新病院増改築工事起工式を挙行。
1975(昭和50)
第1棟竣工(病床数971床)。ICU・CCUを開設。
1977(昭和52)
入院診療録(カルテ)の中央化実施。
他に先駆けて医療分野へのコンピューターの導入を行い、国の情報化の促進に寄与した実績により、通産大臣表彰を受ける。
1978(昭和53)
病院情報システムのデータ・ベース化を行い、窓口会計業務を中心にオンラインサービスを開始。
1980(昭和55)
中央診療棟竣工。
1981(昭和56)
外来診療棟竣工。
外来診療録(カルテ)の中央化実施。
1984(昭和59)
「信頼にこたえる病院づくり運動」を開始。
1986(昭和61)
倉敷中央病院健康保険組合を設立。
1987(昭和62)
総合保健管理センターを開設し、人間ドックの営業を開始。
1989(平成元)
運営規定を制定し、運営会議を設置。週報「マンデー」を発刊。
1990(平成2)
合冊外来カルテへ移行。
1991(平成3)
院内学級開設。
1992(平成4)
第2棟竣工。和楽会(OB会)発足。
オーダリング導入開始。
1993(平成5)
高度先進医療承認(厚生大臣)。
特定承認保険医療機関承認(岡山県知事)。
院内保育施設(24時間保育)三和保育園美和分園を開設。
1995(平成7)
民間医療機関初のヘリポート(第2棟屋上)使用開始。
倉敷中央訪問看護ステーションを開設。
1996(平成8)
エイズ治療拠点病院に指定される。
1997(平成9)
岡山県災害拠点病院に指定される。
ホームページを開設。ボランティアの受け入れを開始。
財団法人日本医療機能評価機構による審査を受け、合格承認される。
1998(平成10)
創立75周年の記念事業として
・院章の制定
・ゲッチンゲン医学古典文庫譲り受ける。
1999(平成11)
第二種感染症指定医療機関(10床)の指定を受ける。
イオン倉敷クリニックを開設。
社会福祉法人 倉敷中央天寿会(ケアハウス・デイサービス・在宅介護支援)と共同で倉敷中央ケアセンターを開設。
2000(平成12)
内科を専門内科に分科。
急性期基幹病院を目指し、手術センター、ICU、NCUを、救急医療の充実のため救急医療センターを拡張、整備。
医療事故防止委員会の充実
(看護部にリスクマネジメント専任看護師長を置く)。
ベッドコントロールの中央化開始
(病床コントロール専任看護師長が共用ベッドを運用)。
新能力開発人事制度に基づく目標管理制度を導入。
岡山県初の総合周産期母子医療センターの指定を受ける。
2001(平成13)
医療機関向け広報誌「みどりのつた」のファックス送信開始。
患者さん・地域住民向け広報誌「Kニュース」を創刊。
2004年公募の卒後臨床研修必修化に先駆けて、第1回公募研修医採用。
2002(平成14)
急性期地域基幹病院をめざして外来棟を1棟増築し、
既存部分も全面リニューアル(通院治療室等)。
開放病床10床設置。
「『患者のみなさまの権利』宣言」作成。
総合相談・地域医療センターを拡充、整備。
2003(平成15)
患者さん向け医療情報コーナー「医療情報の庭」を開設。
財団法人医療機能評価機構の更新審査を受け、合格承認される。
倉敷リバーサイド病院開院(140床)。
新医療情報システムの本格稼動。
医療安全管理室を設置(専任2人 兼任4人)。
地域がん診療拠点病院の指定を受ける。
2004(平成16)
患者満足改善委員会(略称:KMCS委員会)を発足。
DPC試行的適用に参加。第1回クリティカルパス大会を開催。
2005(平成17)
地域の小児科医の協力をいただいて、地域連携小児夜間・休日診療を開始。
高度な循環器医療を多くの方に提供するための心臓病センター、新しい時代の療養環境を追及した第9棟(病棟)を開設。 第2棟全面改修。
内視鏡センター: 内視鏡室(10室)を個室化し、
人間ドック施設の待合室・検査室は専用に。
人工透析センター:
血液内科病棟 :
47ベッドに増やし、アメニティを充実
バイオクリーンルーム3室のほか、25室43床をすべてクリーンルームに。
2006(平成18)
PET−CT、64列CTの導入。
臨床研究センターの設立。
セカンドオピニオン外来の開設。
画像診断機器の増設に伴い、プライバシー、アメニティに配慮した画像・生理センターとして全面拡充・改装。
2007(平成19)
新3棟・5棟の建設プランが確定し、準備工事を開始。
2008(平成20)
新中期計画(2008年4月〜2013年3月)策定される。
新3棟・5棟の建設開始。
地域医療支援病院の承認を受ける。
2009(平成21)
医療の質管理室の設置。
2010(平成22)
第4回日本ファシリティマネジメント大賞 最優秀賞を
受賞。
平成21年度産科医療功労者 厚生労働大臣表彰を
受ける。
中央診療部門に遺伝診療部、外来化学療法センターを新設。
中四国では初のハイブリッド型手術室を導入。
総合周産期母子医療センター新生児部の増床 NICU 21床、GCU 30床 病院許可病床数 1,151床に。
第3棟竣工。
2011(平成23)
病院情報システムを更新。
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