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患者さんをも含めた温かな人間関係が仕事のエネルギー源。 倉敷中央病院は、温室やセントラルパーラー、灯りや壁の飾り一つ取っても、院内で快適に過ごせる工夫があって、いい意味で病院らしくない病院だと思います。私は匂いに敏感で、祖父母が入院していた病院でもそうでしたが、消毒薬を始め雑多なにおいが混じっているイメージを病院には持っていました。でもここではそうした鼻につくものがなく、「清潔で気配りが隅々まで行きわたっている」と見学会で感じたことを覚えています。入職後についても、教育プログラムがきちんと組まれていて大きな安心感がありました。もちろん学生時代とは全く違う現場の厳しさ、奥の深さはありました。プリセプター制度などにより、先輩が丁寧にそばにいてやって見せてくれ、また見守ってくれているので、難しいことを一つひとつクリアできました。とは言え、厳しい指導をありがたいと思いながらも、悔し涙がこぼれそうになったこともあります。それは「命を預かっているのだから当たり前」のことであり、自分が教える立場になってみれば、厳しさもすべて私のためだったのだと解るのですが・・・。入職三年目にはクリニカルラダー制度が導入。キャリアプランもさらに明確に作れるようになり、将来に対し具体的な目標を持つことができるようになりました。
私が配属されたのは、悪性リンパ腫や白血病といった患者さんに対し骨髄移植や臍帯血移植などの高度先進医療が行われている血液内科病棟でした。病状的に厳しい患者さんも多くおられるので、ちょっとした患者さんのサインを見逃せば、直接生命に悪影響を与えることも少なくありません。こうしたことは、看護の現場で体験し獲得するしかないものですが、チームナーシングでしっかりサポートしていただきました。以前、患者さんから私のキャラクター入りシールをいただきまして「一生懸命に患者さんのことを考え関わっていけば、思いは伝わるんだ」と感じたものです。残念ながらお亡くなりになりましたが、でもこのように少しでも喜んで頂いている手応え、そして仲間や先輩など回りで支えてくれる暖かい人間関係があるからこそ、続けられる仕事です。
病院のバックアップの下、大学院で勉強を再開、専門看護師取得へ挑戦。 この春から、母校の大学院で専門看護師の資格取得に向けて勉強することになりました。仕事を始めて五年目頃から、患者さんが苦しんでおられるのを目のあたりにして「もっと知識があれば、適切な判断を下せるのではないか、いい手だてを考えることができるのではないか」と思い始めたことがきっかけです。ただ、勉強のために仕事を辞め二年後に復帰できるのかと、正直迷いもありました。そんな折り、POS記録研修後、その担当副部長から「もし勉強する気があるなら休職制度がありますよ」と背中を押していただきました。奨学生第三号として奨学金もいただけることになったのです。病院や奨学生一号の先輩がせっかく作ってくれた道です。後に続く後輩たちのためにも、しっかり学んで成果を出したい。憧れの南裕子先生に少しでも近づくために、そして何より「あのときああすれば良かった」と後悔しないために、頑張っていこうと思います。
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