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  レジデント広場−倉敷中央病院レジデント制度10周年記念座談会
倉敷中央病院レジデント制度10周年記念座談会
倉敷中央病院レジデント制度10周年記念座談会
出席者
馬場先生福岡先生清輔先生中村先生野口先生濱田先生
※左より
馬場  清 (大阪発達総合療育センター  前 倉敷中央病院 教育研修センター担当)
福岡 敏雄 (倉敷中央病院 医師教育研修部長)
清輔 良江 (倉敷中央病院消化器内科 公募レジデント1期生)
中村 幸伸 (つばさクリニック院長 公募レジデント2期生)
野口 未紗 (倉敷中央病院呼吸器外科 シニアレジデント1年目)
濱田 太立 (倉敷中央病院 ジュニアレジデント 内科選択コース2年目)

福岡 本日はレジデント制度10周年記念座談会にお集まりいただきまして、ありがとうございます。まず、10年前にレジデント公募制度を立ち上げた馬場先生に、そのときの目的や意図をお聞きしたいと思います。

馬場 きっかけは、医学教育者のためのワークショップに参加したことでした。そのときに、研修医の教育を考えないといけないということを感じました。当時、医師は医局との関係で動いていたので短期間で大学に帰ってしまい、地域に目が向いていないという批判がありました。だったら、当院で研修医から教育したらどうだろう、と感じました。
当時、私は教育研修委員会の委員で、日下先生(現 当院参与)が委員長でした。まず、院内でワークショップをやりましょうということになって、それからが大変でした(笑い)。

現場の医師には危機感があった

福岡 それは何年ですか?

馬場 平成9年から2年続けて、そのときは畑尾先生(現 日本赤十字秋田看護大学教授)や福井先生(現 聖路加国際病院院長)に、タスクフォースとして来ていただきました。Tierney先生にも来ていただいて、米国の医学教育の現状について、簡単に話してもらいました。
1回目は主任部長クラスの医師を対象に行って、次の年は部長クラス、いわゆる現場で一生懸命されている先生を対象にしました。
主任部長クラスのときには、「必要性はよく分かるが、実際にやるのは大変だな」という意見が多かったのですが、部長クラスは、病院独自でも医師を養成しないと大変なことになる、との意見が強かったです。やはり、現場は医師の確保について危機感を持っていましたね。当時の部長クラスというと、今の主任部長クラスの人になります。

福岡 山本先生(現 当院副院長 消化器内科主任部長)などが、当時は院内に非常に危機感があった、とよく言われます。平成13年の公募をめざして準備をするわけですね。

馬場 タイミングが良いことに、公募をする前の年に、岡山大学の研修センターから、2人ローテートしたい人がいるけれど受け入れは可能か、という話がありましてね。ちょうどこの頃、平成16年の研修必修化の話が出ていたので、ちょうどいいということで、皆で一生懸命カリキュラムを作って、その2名を受け入れました。それで何とかいけるのではないかということになり、翌年、公募を行いました。

福岡 募集するにしても、どのように説明すればいいのか、悩まれたのではないですか?

馬場 そうですね、とにかく当院で2年頑張りましょう、2年終わったら、ある程度方向性を考えてあげましょう、ということでした。2年後に彼らを採用できるように、シニアの公募も同時に考えましたし、2年経ったらどこへ行ってもいいよ、その手伝いもしますよという姿勢も示しました。

福岡 清輔先生は1期ですね。

清輔 はい。私は地元がこっちだったのと、義理の兄がこちらに勤めていて、公募が始まったというのを聞いて受けました。

福岡 他の1期生はどうだったのでしょう。

清輔 1期生は京都、神戸、岡山が多かったと思います。

馬場 大学に説明会に行きました。京大、岡大、香川大学にも行きました。

初期の研修医はやる気と豊かな個性が

福岡 中村先生は2期生ですね。

中村 僕は循環器がやりたい、光藤先生(現 当院副院長 前 循環器内科主任部長)の元で働きたいというのがありました。いくつか受けようと思っていたのですが、その中で、倉中が一番いいと思っていました。

福岡 当時は大学に残るほうが多かった?

中村 アウトローだと思いますよ、僕らは(笑い)。当時大学から出る人間は1割くらいですもんね。

清輔 1割もいないですよ、100人中、4、5人くらいしか出ていなかったです。

中村 医局に属さないで外に出るというので「大丈夫?」って同級生に言われました。

福岡 それで実際始めて、受けた側、飛び込んだ側はどうでしたか?

馬場 僕は、来てくれるからにはやる気がある人だというのがよく分かったので、自分たちが勉強してきた過程を考えると、逆に、僕たちに教えることがあるのだろうか、と思いました。苦労したのは、いろいろ悩みを聞いたことぐらいで、研修そのものでは、あまり心配はありませんでした。

福岡 と、馬場先生は言われていますが、飛び込んだ側は・・・

清輔 同期は、確かにかなり変わった人が・・・(笑い)いや、かなり強烈な人が・・・

中村 やっぱり変わった人が多かったですよね。2期もそうだと思います。

清輔 皆が大学に残る中で出てきているので、やる気はありました。特に私たちは1期生なので、最初のうちは病院の中で何をしていいかが分からなくて、コメディカルの方も公募の研修医が来るのが初めてなので、どういう扱いをしていいかが分からなくて、かなり苦労したところはあります。

馬場 確かに、教える方は少し迷っていたかもしれません(笑い)。まだ道筋がなかったからね。研修制度を持っていた聖路加国際病院や沖縄県立中部病院の制度を取り入れながら、進めていってくれていたと思います。

福岡 そのときに、一番勉強になったこと、一番記憶に残っているのはどんなことですか?

清輔 最初は指導医とのつながりもあまりなくて、上の先生は忙しいので、放っておかれるというか、自主性に任されることが多かったです。

馬場 医局はどこでしたかね。

清輔 2棟の地下、放射線治療室のそばでした。寝るところがないので、誰かが畳を持ってきて寝袋を置いて、その中で寝ていました(笑い)

福岡 中村先生は2年目ですね。上にもう1枚、とりあえず瓦があるわけですね。

中村 そうですね。まあ、僕たちはその瓦を踏みながら(笑い)・・・ 天井が抜けないかな〜と思って、歩いていったのだと思います。もちろん、相談できる相手がすぐ上にいるというのは助かりました。診療科を回るときは、上の先生も僕らも初めてだったので、教えてもらいながら。でも当時はスタッフの先生は忙しくて、「おう、やっといて」みたいな感じのことが多かったので、ウンウン唸りながらやっていました。

福岡 2人とも、当院の後期研修に入ったのですね。その時、他の病院に行った人はいましたか?

中村 半分くらいは出て行きましたね。

清輔 消化器内科はシニア4人だけで、みんないっぱい、いっぱいでした(笑い)。あとは上の先生たちばかりで、私たちとの間がかなり離れていました。4人で患者さんを一人受け持ちで、それぞれ20人ずつくらいの主治医で、上の先生は研修医と患者さんを持っていました。

馬場 大学から人を送ってこなくなりつつあったので世代が離れていて、最初は大変でしたね。

福岡 当院の公募4期生から、新臨床研修医制度が始まりましたね。はじめは十数人だった研修医が20人、25人とどんどん増えてきたわけですが、お2人は、どう思われましたか?

中村 研修医を覚えきれなかったこともあります。僕らは1つの科を3か月くらいで回っていましたが、それが2か月になったので、慣れてきたなというところで配置換えになり、残念だなと思いました。最初のうちはエコーのやり方を教えたりもできていましたが、1回に回ってくる人数が6人くらいになると、教えきれなかったですね。

福岡 人が増えると、そこが問題になりますね。だから当院も、定員を27、25人と減らしたこともあります。いろいろ迷われたのかなと思います。

馬場 特に内科系では、3か月を2か月にするのはかなり抵抗があったと思います。

福岡 今は2か月あるいは1か月ローテが普通になってきています。

馬場 どこもそうなっているのでしょうか?

選択期間を長くして、フレキシブルな研修に

福岡 内科系の1科を3か月などと長くしている病院もありますが、そうすると、今度はデメリットがひとつ発生します。専門内科に分かれていると、例えば血液内科の症例を診たことない、ということが起こります。どこも、いろいろ悩みながらやっているようです。
うちは選択期間を設けるため、今は内科、麻酔科、救急以外はすべて1か月です。希望があれば病理も検査科も、リハビリも好きな科が回れます。そういう意味では良かったのかなと思います。

馬場 いろいろな科を回るというのが、定着化しつつあるということですね。

福岡 そうみたいですね。それがいいのかどうかですが、現役の皆さんはどう感じていますか?

野口 私は選択期間をあまり短く分けるのはいやでした。5か月あったので、2か月と3か月で取りました。

濱田 基本的には、上の先生がどういう取り方をしているのかを見て選んでいます。僕は内科系選択コースなので、すべての内科は回れません。それはよくないと思って、選択期間で、回っていない内科を1か月ずつ行かせてもらいました。
外科系の人は外科系を重点的に選択します。みんな、何が必要かを考えながら選べるという意味では、選択期間があるのは助かると思います。

福岡 彼らの次の世代はさらに選択期間を延ばし、内科系は外科を選択にしました。内科研修中に、臓器別病棟内で外科の症例を最低1例持たせてもらうようにしました。ただ、うちは外科の研修の評価は高いので、個人的には心残りです。

馬場 キャリアプランといいますか、自分が何を目指すかということを真剣に考えないといけませんね。それが今の時期にできるかどうかですが。

福岡 スーパーシニアや中村先生のように経営者になって(笑い)一線で頑張っている人たちが、今振り返って研修中のどのようなことが意味があったか、こうしたら良かったという思いを教えてもらえたらありがたいな、と思います。

中村 僕は最初から循環器に行くつもりだったので、他の科を回るときに、その科を最低限診られるようにするにはどうすればいいかを考えていました。患者さんがどういう状態になったら入院させているのか、どのくらいまでなら外来で診られるのか、どのあたりで専門家にコンサルトしないといけないのかですね。

福岡 その科に行かないとわからない言葉とか言い回しもたくさんありますしね。

馬場 各科によって、略語も違いますからね。

コメディカルとの楽しい時間も

福岡 若い人を見ていて思うのは、何か余計なことをするとすぐに「ムダだ」と考えるのですが、一見無駄なことでも、10年くらい経つと味わい深く思い出されることが多いですよね。「やっててよかったな」と思うことが結構あります。

中村 ジュニアのときに「OH!代官ばやし」に出て、コメディカルも一緒に踊りましたが、あんな時間、今は取れないな(笑い)。

福岡 ああいうのもいいですね。

中村 医者だけでなく、看護師さんやコメディカルの人と仲良くなりました。医療と別のところでいろんなことができたのは良かったと思います。

馬場 教育は、医療の場だけではないですからね。

福岡 リーダーシップとかチームビルディングなどは、医療現場の普段の決まった枠組みの中では学びにくいかもしれませんね。様々な機会が活かされるのだと思います。
さて、先輩の話を聞いて、若い2人はどう感じましたか?この2人は、同じ大学出身のジュニアの先輩が上にいないのです。今は全国から学生が関心を持って来てくれています。

野口 自分の大学で回っているときに、指導医の先生が「自分が入院するなら倉中だ」と言ったので、これは相当いい病院だぞと。

一同 (笑い)

福岡 そのひとことで!

愛情を感じながら育ったなと思います

野口 来ちゃいました(笑い)。大学の先輩はいませんが、先輩はたくさんいますし、同期も多いので、何でも聞ける環境が整っています。公募を始めた頃に比べて、今は恵まれていると思います。
消化器内科を回っていたときのことです。研修医1年目に清輔先生が主治医で私が担当医でついたとき、患者説明を「していいよ」って任せてくれました。検査をしてがんが見つかり、告知もして、手術を勧めました。農家の方で「僕が育てなかったら駄目になる、手術はできん」と言うのを、「来年でも作れる」と説得したら、手術を受けてくれました。最終的にはすごくよくなって、本当に嬉しくて。清輔先生に任されて、ありがたかったです。

清輔 できそうかなと思って「やる?」って聞いたら、「やります!」と答えてくれたので・・・

野口 愛情を感じながら育ったなと思います。

福岡 野口先生はシニアになって半年くらいですね、今はどうですか?

後輩を教え育てる文化が

野口 まだ研修医から時間がたっていないので、研修医の先生が何で困っているのか、何でつまずいているのかが、手に取るように分かります。最初は、下が来たら怖いなって思っていました。自分より知っていることが多かったら困るし(笑い)。でも、下ができると自分も育つし、今まで優しくしてもらったことを、下に伝えられます。

馬場 苦労を伝えてくれて嬉しいですね。

中村 僕らが来たころから、「教えよう」という風土があったので、聞きやすかったですよ。

馬場 今は少しゆとりができているかもしれないですが、最初は大変だったと思います。忙しかったからね。濱田君は来るときに、何か言われた?

濱田 「何でそんなに田舎に行くの?」と(笑い)。でも、見学に来たら倉敷中央病院がすごくよかったんです。一番の理由は、初期研修医も後期研修医も上の先生も、いろんなところから来ているので、いろんな話や考え方を聞けると感じたことです。この機会に外へ出ないと、いろんなものを見たり聞いたりすることはできないと思って、ここで初期研修をさせていただくことにしました。こちらに来たら、北海道から鹿児島までいろんな所から来ていて、お互いがお互いの刺激になっていると感じました。
あとは、野口先生も話していましたが、先輩の先生はうちのジュニアを通ってきた先生が多いので、いろんな場面で僕が困っていることに気付いて、気を遣って助けてくださいます。

福岡 それはやっぱり大事だよね。

濱田 僕がJ2になってからは、後輩が悩んでいたり調べ物をしていたりすると、声をかけたりしています。上の先生からしてもらったことは、自分もしてあげたいなと思います。

馬場 すごく嬉しくなりますね。それぞれの経験を、後輩に語り続けていってほしいですね。
私はここに30年くらいいましたが、若いころはあちこち行って、知識をどんどん吸収してほしいですね。学会へ行かせてもらったら、必ずその周辺の病院を見せてもらう。あるいは、つてを頼って良いところを学びに行くとか、いつも向上心を持つことが、とても大事だと思います。

福岡 制度的にできることは応援したいですね。
ところで、地域医療研修はどこに行きましたか。

野口 倉敷リバーサイド病院です。

福岡 今、地域医療は倉敷リバーサイド病院やつばさクリニック、しげい病院をはじめ、高梁中央病院にも行っています。地域研修はどんどん外へシフトしていっています。

幅広い学びのチャンスを

福岡 では研修についての感想や、今研修を受けている人、受けようと思っている人に伝えたいことなどがあればお願いします。

野口 私は外科系で、内科系をすべて回っていないので、血液疾患など診たことがない症例に当たったりします。短い期間でたくさんの科を回るのもどうかと思いますが、ちょっとその辺は検討していただきたいと思います。
特に救急を2か月の時は、内科系は全般に診ていた方がいいな、とすごく感じました。まったく知らない症例があると、そのときは「辛いな・・・」と思いました。なんとか全科を学ぶようなチャンスがあるとありがたいです。

馬場 カンファレンスや症例検討会をやっているので、それを活用してみてはどうですか。

野口 ただ判断に困ったときに、同期の助けは、ありがたいです。回ったことがある科の友達とか、これだったらあの人に聞くとか(笑い)。

福岡 聞くということは大事です。患者さんから問題を抽出して、尋ねて、答えを聞いてそれを生かす。自分の頭の中だけで片付けるのではなく、周りの意見を聞くことは、とても大切です。

濱田 うちの研修のメリットは、うちの病院で対応できない症例がないことだと思います。他病院に比べて、鑑別疾患の引き出しが多い。それはすごく勉強になるのですが、専門に分化されすぎていて、本来ならば自分でやらないといけないことができない場合があります。例えば血糖管理でも、糖尿病内科へ相談してしまって自分でやらないと、他の病院へ移ったとき困ると思います。
全科横断的な、例えば今注目されている感染症などの分野を勉強できる機会がれば、研修病院として無敵なんじゃないかと話しています。

福岡 横断的な診療のできる人たちを集め、育てたいですね。そして、専門的なもので標準化できることは標準化して、研修できるシステムが必要ですね。医療の質を保ちながら、専門診療科の負担は軽減する仕組みが必要だと感じます。

地域との連携を大切に

中村 1年目から中央病院で研修をしていると、中央病院のシステムが当たり前だと思ってしまいます。大学病院と同じような、超最先端のことをやりつつ、歩いてくる風邪の人も診るという、とても幅広い診療をしています。スタッフも多いし、設備も整っています。でも、それが普通ではないんです。ここはすごくいい環境で勉強させてもらっているということを、知ってもらいたいですね。
僕は中央病院にいて、外に出て、今は倉敷で診療させてもらっています。倉中だけでこの地域を支えているわけではない、地域の医療機関の先生も大切にしないといけない、と感じます。
中央病院の救急には、地域から紹介の電話がかかってくると思います。そこに至るまでには地域の先生も「この状態だったら中央病院にお願いしないといけない」と思って電話をしてきているので、そこを理解してほしいですね。
そして、紹介していただいた患者さんは地域にもどす、ということを大前提にしてもらえると、中央病院と連携をしやすくなると思います。
地域研修中にいろんな他の病院をみるというのは、とてもいい経験になると思います。

清輔 研修制度としてはこの10年でシニアの層も厚くなって、いい環境になったのではないかと思います。ただ、人数が多いので、個人差が大きいと思います。やる気がある子は伸びますが、この子は何を目指しているのだろう、と思う子もいます。人間同士なので、コミュニケーションができない子は、賢くてもなかなか伸びないですね。看護師やコメディカルの方に助けていただくことはとても多いですね。

福岡 私が平成18年にこの病院に来て最初に感じたことは、スタッフもコメディカルもみんなが「研修医たちを育てるようになって、活気があるいい病院になった」と感じていることでした。これが病院の共通の認識だと強く思いました。

馬場 研修制度が必修化する前に導入することに、あまり反対がなかったですからね。特に現場の先生方に理解されて、それは良かったですね。

福岡 当時の危機意識は本物だったのですね。

馬場 そうだったと思います。

福岡 今は初期研修医が50人、後期研修医が130人くらいいます。医師が全体で約420人ですので、約半分が研修医です。研修制度を始めたころは、医師は全体で200人くらいでしたよね。
これからのミッションは、膨大な数の患者さんの診療現場を、どうやって彼らに学習の機会として提供するかということです。医療の質を落とさないで、安全に関しても不合理な不利益を生じないかたちを保障するのが仕事です。

馬場 それと、中村先生も言われていたように、地域の医療機関とどう連携していくかということをしっかり考えていかないと。

福岡 地域医療は当院だけでやっているわけではないので、これから地域医療研修の拡充など、さらに取り組んでいきたいと思っています。

研究環境の整備を

福岡 次に考えていることは、臨床研究が可能な環境を整えたいということです。ネットで文献も揃えられる、大都会の病院にも負けない仕組みを作りました。次にSPSSという統計ソフトをサイトライセンスしました。
今当院での研修のターゲットはどんどん動いています。最初はジュニアのことを考えていて、次はシニアを考え始めて、今はシニアを越えた医師のことを考え、生涯学習や研究の基盤整備を進めています。またこれからも変化があるでしょう。地域や療養施設に行く若手が出るかもしれないし、逆に他の施設から専門研修を一からやり直したいと医師がくるかもしれない。人のネットワークの中で当院がハブ機能を持てれば、継続的にうちの病院も繁栄するし、結局は患者さんにいい医療を提供していけるのではないかと思います。

馬場 広く院外から受け入れるというからには全国区で、という気持ちでないといけませんね。壮大ですね、ほんとに楽しい計画ですね。

福岡 これからも頑張っていこうと思います。
今日は本当にありがとうございました。

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