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 〜保育園見学のススメ〜

私が倉敷中央病院に決めた理由〜保育園見学のススメ〜

2008.5.10

倉敷中央病院 外科 桐野 泉


子どもが生まれてからの職場探し:私の場合

2004年の早春のこと、私は生まれて1ヶ月の息子を夫と母に預けて、大変親身になってくれる医師就職斡旋会社のエージェントさんと関西圏の病院の面接と見学にまわっていました。私がそのエージェントさんにお願いした条件はふたつ、近畿圏にあることと、保育園がついていることでした。規模も50床から500床クラスまでいろいろな病院を巡りました。病院ごとに事務長や院長と面接を繰り返し、病院内の見学もさせてもらいました。

当時、保育所待機児童が世の中にあふれているということは新聞やインターネットで知っていました。でも自分の子どもは何とかなるだろうと、根拠のない「のんきさ」でしたね。私の両親も同じ。なにしろ産後に滞在していた実家の周囲は過疎地域で、待機児童どころか「児童」自体があまりいない雰囲気でしたから。そのとき私の周囲には「保育所つきの病院? そんなの難しいわよ!」という人はだれひとりいなかったのです。考えてみれば、エージェントさんも若い男性でその点はきっと疎かったのでしょう。2月に「保育園ですね、はい、わかりました!先生の要望はわかりやすくていいです」なんて安請け合いしたのですから!

さて、最終候補に残った病院はたった2ヶ所でした。自前で保育園を持っている病院と、院長始めアットホームで仕事は5時に終わり近くに保育園がある病院でした。

自前で保育園(正しくは保育施設か)を持っている病院は、事務長さん自ら保育施設を案内してくださいました。そこは小さなプレハブの建物で、やさしそうな保母さんが1名。でもその日は子どもがいませんでした。いつも2,3名くらいで、いても年齢もまちまちだったりするそうでした。「ここで息子はこのおばちゃんと、時には二人で私の仕事の終わりを待つのかなあ?なにかピンとこないなあ。」と感じました。

もうひとつの小さな病院に面接に行ったとき、私はその病院で自分が求められている仕事がとてもはっきりと理解できたのを覚えています。それだけでなく、姿勢のいい使命感あふれる80歳近いおじいちゃん院長と私は、ほんの5分ほど話しただけでお互いがとても好感をもったことがわかりました。義理の息子さんの副院長も包容力ある感じ。しかも保育園は病院から線路一本隔てたところ。

私は迷いました。「ここにしようか。でも一度こういうところに就職したら大きな病院の外科に就職するのは難しいだろうなあ。私はまだぜんぜん手術し足りないし・・」

そんな私にエージェントさんからもう一声かかりました。

「近畿地方ではないけど、もうひとつありますよ、行ってみますか?」

それが、倉敷中央病院と出会うきっかけでした。


倉敷中央病院との出会い

はじめて倉敷中央病院を薦められたとき、私は岡山県の場所もあやふやでしたし、倉敷市が岡山県にあるということもはじめて知りました。面接のとき院長に「当院を知っていましたか」と聞かれて、素直に「台湾の李登輝元総統が心臓の治療に訪れた病院というのがうっすらと・・・」と答えると、苦笑されたように覚えています。

倉敷中央病院でも保育園を見学させてもらい、建物の中まで入って説明まで受けました。就職面接でそこまでチェックする医師は少ないのではないか、と想像しますが、今思うと病院の人事課が私の要望を聞いて、手配してくれたのでしょうね。効果はてきめんでした。私はこの院内保育園をとても気に入り、そこに息子を入れてあげたくて倉敷中央病院に就職を決めたのでした。


倉敷中央病院の保育園 「三和保育園 美和分園」

保育園保育園には1923年の開院当時の建物がそのまま使われています。当時の倉敷中央病院の入り口にあたり、石造りで中は木造の建物です。入ってすぐのところの部屋は、開院当時には年取った草履係のおばちゃんが来院者の履物を預かって管理していたところだったそうです。建物の中の天井は高く、木の階段が残っていて当時の面影を残しています。二つの大部屋に分かれていて0〜1歳児クラスと、2〜3歳児クラスがそれぞれを使っています。そう、毎日同年齢で集団を作れるくらい子どもが集まるのです。保育士さんが常に5名くらいおられて、昼間は病児保育もしています。しかも、病院と一続きの建物ですが、病院が開設している「院内保育所」ではなく、近くの保育園の分園という形式をとっているのです。

庭は小さいですが、0〜3歳児くらいにとっては困るほどではありません。離乳食とミルクは持参ですが、普通の食事がとれるようになると、病院関連施設のケアハウスつるがたで作られたお弁当が用意されます。月1回の「各地ラーメン紀行」といったお楽しみメニューもあって笑えました。

預かっているのは看護師の子どもがメインですので24時間保育です。ここがポイントです。保育施設のある病院でも24時間対応のところはほとんどありません。


保育園で育てられたのは子どもだけではなかった・・・

こんな経緯をへて、2004年4月から私は倉敷中央病院で働いています。当初の勤務は夕方からのことが多かったのですが、夜迎えに行ったとき、保育士さんと15分、長いときは1時間くらいお話するのが楽しみでした。保育士さんに、いつも自分の子育てをほめられ、失敗談すらも面白がられ、おかげで私は「自分は子育てが好きで得意」と根拠のない自信を持つに至っています。その後、子どもは3歳からもっと大きな保育園に入園しました。これも、保育園の先生方の勧めによるものでした。早くからみんなのアドバイスを受け、周囲の同年代の看護師から情報を集め、今の保育園にすんなりと入園できました。

自分が大切だと思っている医師としての仕事と、子育ての両方を、安心してできるように助けてくれた院内保育園。まだ先のことかもしれませんが、親になるであろうあなたにとって、そしてあなたの子どもにとって、とても大事な場所です。ぜひ、就職活動をされるときには、「院内保育園も見学してみたい」と申し出てはいかがでしょうか。


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