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  DMAT(災害派遣医療チーム) 東日本大震災の救助活動に参加して

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2011.4.1

 DMAT(災害派遣医療チーム)
  東日本大震災の救助活動に参加して

 
DMAT(災害派遣医療チーム) 出発地 伊丹空港にて
DMAT(災害派遣医療チーム) 出発地 伊丹空港にて

この度の東日本大震災で、DMAT(災害派遣医療チーム)の一員として岩手花巻空港で活動してまいりましたのでご報告いたします。

そもそもDMATとは、災害急性期に活動できる機動性を持った医療チームで、Disaster Medical Assistance Teamの頭文字から来ており、当院にも訓練を受けたチームが2隊あります。

3月11日の地震発生直後から当院のDMATにも出動待機要請がかかり、翌12日の午前3時30分に至急大阪伊丹空港に参集するようにとの指令が下りました。駆けつけた早朝の伊丹空港には、西日本を中心におよそ15隊のDMATが集結しており、自衛隊の輸送機で岩手花巻空港に移動しました。

いわて花巻空港のSCU(広域搬送拠点医療管理所)
いわて花巻空港のSCU(広域搬送拠点医療管理所)

岩手花巻空港では、航空機の格納庫を急遽改装して14個のベッドを並べた簡易診察所をつくり、自衛隊やレスキュー隊員によって現場から運び出されてくる患者さんの治療に当たりました。運ばれてきた患者さんは一旦状態を安定させた後に治療の優先順位を決めて、比較的軽症な方は県内各地へ、重症で緊急を要する方は自衛隊の輸送機を改造した特殊な飛行機で、県の枠を超えた広域搬送として千歳空港や成田空港へ搬送されました。すでに一部で報道がなされているように、今回の災害は津波が主だったので、急性期に運ばれてくる患者さんの多くは軽症でした。これは、元気な方は逃げることが出来たが、そうでない方は津波にのまれてお亡くなりになったという今回の津波災害特有の状況を反映しているのだろうと感じながら働いていました。

いわて花巻空港のSCU(広域搬送拠点医療管理所)

私たちが到着した後も全国各地から続々とDMATが集まり、その日の夕方には64チームおよそ300人の隊員たちが花巻空港での任務に当たっていました。多くの隊員が集まって人員が充足してきたことと、岡山で広域搬送を受け入れる準備が始まったという情報が入ったので、岡山DMAT全4隊のうちで、我々と岡山済生会病院のチームは同日夜には現場を離れたのですが、それからの移動が大変でした。基本的にDMATは自己完結することが原則で、私たちも自力で帰ってくる必要があったわけですが、そもそも道路は寸断され鉄道も動かない、飛行機も押し寄せる乗客に数日先まで満席の状態で、結局レンタカーを借りて日本海側を陸路で帰ってまいりました。

倉敷中央病院のDMATが災害現場に出動したのは今回が初めてで、緊張感と使命感の入り混じった気持ちを抑えつつ現地に向かったのですが、状況は非常に過酷で、特に暖房施設のない屋外の寒さは想像を絶し、改めて事前の情報収集と平素からの十分な準備の必要性を痛感いたしました。今後の活動の教訓としたいと思います。

現地の状況は依然混沌としており、被災された方々のお気持ちを思うと言葉がありません。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一刻も早い復旧をお祈り申し上げます。

(救急医療センター 池上徹則)
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