巨細胞性動脈炎では
多発脳神経障害を起こしえるのか?

巨細胞性動脈炎では  多発脳神経障害を起こしえるのか?

【症例】

70代 男性 既往歴:両側内頚動脈狭窄症、高血圧
現病歴:
入院1か月前から咽頭痛、舌痛、左後頭部痛、両側のこめかみの疼痛が出現。耳鼻科、整形外科、歯科など受診するが原因はわからず症状は続いていた。入院7日前から複視が一時的に出現するがすぐに改善する事が複数回出現した。救急外来でCTやMRIを撮像したが異常なく神経内科で入院精査を行ったが明らかな原因は指摘できず、複視症状は自然軽快していたため一度退院となった。その後の外来診察にて両側の側頭動脈の硬結を認め、多発脳神経障害の原因として血管炎の可能性が疑われ当科に紹介され入院した。

【身体所見】

発熱もなく顕著な異常はないが、下方視での右眼球運動障害と複視があり,挺舌で右偏位、右三叉神経第1枝領域の違和感あり(診察では明らかな顔面の痛覚、触覚異常はなし)、四肢の麻痺や筋力低下はなし。咽頭痛の自覚あり側頭動脈は硬結を触れ圧痛もあり、両側の耳介前部や前頭部、後頭部に疼痛あり。よく聞くと顎跛行あり

検査データ: CRP 1.14 mg/dl,ESR(1h) 83 mm/Hr,ANA,抗AchR抗体,抗SS-A抗体,ANCA,RFはすべて陰性
髄液検査:細胞、蛋白上昇なし, sIL2R,CA19-9は血清とともに正常値、オリゴクローナルバンド陰性
側頭動脈エコー検査:両側の浅側頭動脈前頭枝にHalo-signを認める
頭部MRI検査:慢性虚血性変化と軽度の左乳突蜂巣炎のみ

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Ann Med Surg (Lond) 2016;11:47-51 より引用

<担当医のアタマノナカ>

複視からはMLF症候群、外転神経麻痺、動眼神経麻痺、脳底髄膜炎、癌性髄膜腫、Tolosa-Hunt症候群、Welniche脳症、重症筋無力症、Lamert-Eaton症候群などのいろんな神経疾患やバセドウ病、眼筋ミオパチー(ジストロフィー)、眼窩腫瘍なども鑑別に挙がるようだが、同時に多発脳神経障害を起こすのは説明できるか? 一方で巨細胞性動脈炎(GCA)としてはかなり典型的な症状(頭痛、顎跛行、側頭動脈の圧痛とエコーでのhalo-sign)が揃っている。ANCA関連血管炎などの他の血管炎やリンパ腫なども側頭動脈炎を起こし得るが、他の臓器病変も乏しく、おそらくGCAで矛盾はないだろう。

 

【入院後経過】

改めて精査ののち治療を開始する予定であったが左視力が急激に低下したため急いで側頭動脈生検を行い、巨細胞性動脈炎(GCA)として治療(ステロイド50mg(1mg/kg/日))とバイアスピリンの併用も同日開始した。するとすみやかに頚部痛、舌痛、頭痛、咽頭痛、頭痛は消失した。一方で左の視野中心の視力障害は残存し網膜中心動脈閉塞が原因であると眼科にて診断された。その後は複視症状は再燃することなく、ステロイド減量し退院となった。

 

<指導医からのコメント>
ANCA関連血管炎では肥厚性硬膜炎を合併するので様々な脳神経障害を起こすことはありますが、GCAでは視神経症状以外の脳神経障害は極めて稀なcaseといってもいいと思います。

CQ:巨細胞性動脈炎では多発脳神経障害を起こしえるのか?


Nat Rev Rheumatol 2017;13:476-484より引用.

GCAは大動脈分岐を中心に中型?大型血管炎を起こす。眼動脈や網膜中心動脈、その他の眼神経を栄養している血管などが侵されやすいため視神経症状や視力障害が有名だが、その他の多数の脳神経系も影響を受けるため虚血により多彩な症状を呈する可能性がある

ちなみにGCA患者で複視を呈するのは1-19%とされているが、眼症状と広く捉えると12-70%と比較的高率に起こる可能性がある(Rheumatology 2019;57(suppl_2):ii63-ii72)。失明のリスクは高く緊急性の高い合併症だが、残念ならが失明したGCA患者の20%しか全身症状が出ていなかったという報告もあり、早期発見がなかなか難しい場合もある(Am J Ophthalmol 1998;125:521-6)。

多発神経障害を呈するGCAのcaseは極めて稀であり過去に報告は3例のみだった(Rheumatol Int 2015;35:773-6, J Neuroophthalmol 2017;37:398-400)が、それぞれの脳神経障害を呈するGCAの報告は散見されるため、機序的には近いのだろう。

ちなみに本症例のように舌痛を訴えることも滅多にみられないが、古くからcase reportは存在し(Br Med J 1967;4:337)、視力障害とともに舌潰瘍声帯麻痺を呈したGCAもあること(N Engl J Med 2010;362:537-46)からいろんな事が起こりえる。

 

結論
  • 巨細胞性動脈炎では眼症状以外の脳神経異常を稀に起こすことがあるので、多発脳神経障害を起こしている患者では鑑別に入れる(舌の症状にも注意)

 

担当:WKK
略語表記
GCA: 巨細胞性動脈炎
ESR: 赤沈
ANA: 抗核抗体
抗AchR抗体: 抗アセチルコリン受容体抗体
RF: リウマトイド因子
※実際の症例をmodifyした架空症例を題材にしています
※保険適用外の検査や治療に関する記載が一部ある可能性がありますが、これらを推奨するものではありません

 

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