G-CSF製剤による薬剤性血管炎

G-CSF製剤による薬剤性血管炎
【症例】
70代 女性
現病歴:
1ヶ月前に悪性リンパ腫と診断され3週間前に化学療法が施行された。治療開始から10日後に白血球減少が出現したためフィルグラスチムを5日間投与された。フィルグラスチム初回投与後から6日目に38℃台の発熱、左頚部腫脹・疼痛が出現した。セフォゾプランを3日間投与されるも改善なく、熱源精査目的に当科紹介となった。
身体所見:体温38.6℃、左頚部腫脹・圧痛あり、側頭動脈異常なし、心音呼吸音異常なし、皮疹・関節炎なし
検査データ: WBC 6700/μL、CRP 19.52 mg/dL、抗核抗体<40倍、抗SS-A抗体陰性、ANCA陰性、RF陰性、抗CCP抗体陰性、IgG4上昇なし、低補体なし、T-SPOT陰性、β-Dグルカン陰性、CMVアンチゲネミア陰性
画像所見:頚動脈エコー、造影CTで左総頚動脈に壁肥厚あり

J Oncol Pharm Pract 2020;26:1785-1790.より引用


Rheumatol Adv Pract 2020;4:rkaa004. より引用

 

<担当医のアタマノナカ>
急性に生じた左頚動脈炎。なんか頸動脈だけって変だな。フィルグラスチム投与後に発症している。そういえばG-CSF製剤で血管炎を生じることがあるときいたことがある!添付文書にも書いてあるぞ!でもこの症例は典型的な経過と言っていいのだろうか。診断下すのなんとなく不安だなあ。治療はステロイド始めるんだろうけどどのくらいの量をどのくらいいけばいいんだろう。それに今後G-CSF製剤が必要になったら再投与OKしていいのかな。

 

<指導医からのコメント>
感染性の動脈炎でなければ、たしかに薬剤性の可能性はありますね。どのくらい報告があるのかも調べてみましょう

【入院経過】

血液培養検査、T-SPOT、梅毒関連の検査などの各種感染症検査は陰性であり、フィルグラスチムによって生じた薬剤性血管炎と診断しPSL55mg/日(1mg/kg)を開始した。治療開始後翌日に解熱、左頚部痛も速やかに改善し3日後には消失した。治療開始1ヶ月後の頚動脈エコー、造影CTでは左総頚動脈の壁肥厚は消失していた。その後速やかにPSL漸減し、約1ヶ月半でステロイド治療を終了した。順調に化学療法も継続できており、現在まで血管炎の再燃なく良好な経過を得ている。

CQ:本症例はG-CSF製剤による薬剤性血管炎の経過として合致するか?

G-CSF製剤による薬剤性血管炎は2004年にフランスのDarieらがフィルグラスチム投与2日後に腹部大動脈炎を来した症例として初めて報告している(Rev Med Interne 2004;25:225-9.)。しかし興味深いことに、現在まで本症の報告は20例以上あるが大多数が日本人女性であるという特徴がある(Intern Med 2020;59:1559-1563.)。

G-CSF製剤最終投与から平均5日後(Range:1-8日)に血管炎を発症するとされる(Rheumatol Adv Pract 2020;4:rkaa004.)。最長ではG-CSF製剤投与から6ヶ月後に血管炎を発症した報告もある(Clin Rheumatol 2016;35:1655-7.)。

G-CSF製剤による血管炎の報告はペグフィルグラスチムが最も多いが、フィルグラスチム、レノグラスチムでも報告されている(Cytokine 2019;119:47-51.)。すなわち、本邦で使用される全てのG-CSF製剤が薬剤性血管炎のリスクを有している。

血管炎の罹患部位は、胸部および腹部大動脈、頚動脈、鎖骨下動脈が好発である(Eur Heart J Case Rep 2020;5:ytaa503.)。巨細胞性動脈炎に酷似する大動脈炎の症例も散見され、側頭動脈炎を呈した症例も1例報告がある(Intern Med 2016;55:2291-4.)。

本症例は発症時期、罹患血管ともにフィルグラスチムによる薬剤性血管炎として合致する。日本人女性であるという点も典型的である。

CQ2:G-CSF製剤による薬剤性血管炎の治療は?

ステロイド治療が行われることが多く著効するが、無治療で改善する症例も存在する(Intern Med 2020;59:1559-1563.)。基本的に予後良好であるが、重要な合併症として大動脈解離(Eur J Cardiothorac Surg 2017;52:993-994)や動脈瘤形成(Clin Rheumatol 2016;35:1655-7.)の報告がある。また血管炎発症による化学療法の中断も重大な弊害である。したがってステロイド治療は積極的に考慮されるべきだろう。
ステロイド用量はPSL0.5mg/kgでは無効例も報告されており、1mg/kg相当での有効例の報告が多い。適切な治療期間ははっきりしていないが、高用量から速やかに減量し2ヶ月程度で治療を終了できる症例も報告されている(Mod Rheumatol Case Rep 2020;4:74-78.) (JCO Oncol Pract 2021;17:57-58.)。本症例もPSL1mg/kgで開始し約1ヶ月半で治療を完遂できた。

CQ3:G-CSF製剤の再投与は可能か?

ペグフィルグラスチム投与後に血管炎を発症し自然軽快、しかしその後の再投与で同じ部位に血管炎再燃を来した症例が報告されている(Circ Rep 2020;2:764-765.)。他にも同一のG-CSF製剤再開で血管炎が再燃した報告は複数あり、少なくとも同一製剤の再投与は避けるべきである。

一方で、ペグフィルグラスチム投与後に血管炎を発症し、フィルグラスチムへの変更で血管炎再燃なく経過できた症例報告も存在する(癌と化学療法 2018;45:1771-1774.)。つまり、G-CSF製剤を変更することで再投与可能となる可能性がある。最も血管炎報告の多いペグフィルグラスチムは少し使いにくいかもしれない。

 

結論
  • G-CSF製剤投与後の発熱として薬剤性血管炎を鑑別にあげる
  • 高用量ステロイドを初期量とし短期間で治療を完遂できる可能性がある
  • 同一のG-CSF製剤再開は血管炎再燃のリスクがある
担当:SY
略語表記
PSL:プレドニゾロン
G-CSF: Granulocyte Colony Stimulating Factor
※実際の症例をmodifyした架空症例を題材にしています
※保険適用外の検査や治療に関する記載が一部ある可能性がありますが、これらを推奨するものではありません

 

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