肺がんの低侵襲手術(前編)

肺がんの低侵襲手術(前編)
肺がんの低侵襲手術(前編)

患者数が増加の一途をたどる肺がんは、がんの中で死亡者数が最も多い難治性の病気です。このページでは、肺がんの手術前の検査や、術式として増加している肺区域切除などについて、当院呼吸器外科の小林正嗣先生が解説した内容を紹介します。

肺がんとは

肺は右側に3つ、左側に2つの肺葉で構成されています。この5つの肺葉はヒトの呼吸をつかさどり、酸素と二酸化炭素を交換して基本的な生命維持を保つ重要な役割を果たしています。肺がんの初期段階は症状が出ることは少ないですが、進行するとせきや痰、血の混じった痰、胸の痛み、動作後の息苦しさ、発熱などの症状が現れます。

手術前の検査

健康診断や人間ドックでの指摘、症状があって受診された患者さんは、胸部のX線検査やCT検査などの画像診断を実施し、肺がんの疑いの有無を調べます。異常が見つかった場合は、確定診断や進行度を確認するために気管支鏡検査や胸腔鏡検査、CTガイド下生検などを行います。

倉敷中央病院での肺がん手術は、入院2日目に行います。手術前日には、気管支鏡を使って肺に色素を注入し、手術の際の目印をつけます。「VAL-MAP」と呼ばれる手法で、小さな病変を逃さず、かつ正常な肺を取りすぎず、適切な切除範囲を見定められるようになります。

当院のVAL-MAPですが、喉にスプレーの麻酔をした後に、眠たくなるお薬を使います。鎮静薬によって患者さんは処置のことを覚えていないことがほとんどで、苦痛も少なく受けられます。事前に撮影したCT写真から3D再構成した仮想気管支鏡画像をもとに、レントゲン透視も併用しながら気管支鏡を使って2から4か所へ色素を注入します。処置時間は約30分です。

その後、CTを撮影して実際の病変とマーキングの位置を確認します。手術映像でも、下のようにきれいにマーキングが確認できます。

VAL-MAPはすべての肺がん手術患者さんが対象ではなく、
・原発性肺癌が疑われる小さなすりガラス病変
・小さな転移性肺腫瘍
・複雑な区域切除
などの患者さんに実施します。

肺がんの手術

手術方法は肺全摘肺葉切除肺区域切除肺部分切除の4つがあります。標準外科治療は、肺葉またはそれ以上の切除と、周囲のリンパ節を取り除くリンパ節郭清です。最近では、縮小手術と呼ばれる方法で、肺葉をさらに細かく分類し、区域ごとに切除する「区域切除」、さらに、がん病巣の周囲を切除する「部分切除」があります。特に早期肺がんに占める区域切除が肺がんの手術全体に占める割合は、全国的にもここ数年で増加しています

肺区域切除を詳しく解説

肺区域切除は2cm以下の小さい肺癌に対する積極的な縮小手術です。CT画像でスリガラス影を50%以上含む場合など、一定の条件を満たす場合に選択されます。また、高齢者や肺機能が低下している患者さんで、肺葉を切除すると術後の生活に影響が出る場合に、できるだけ肺機能を温存するために選ばれることもあります。

さらに区域切除には、「単純肺区域切除」と「複雑肺区域切除」という2つの術式があります。肺は右側に3つ、左側に2つの肺葉で構成されていますが、さらに下記のように、右肺は10区域、左肺は8区域に分けることができます。

単純肺区域切除は、がんが広がらずに局所的にある場合、その特定の区域を取り除く手術です。一方で、がんは区域の中心にあることは少なく、区域の境目付近に位置していることが多々あります。がんが複数の区域にわたる場合には、一つの区域ではなく、複数の区域を切除する「複雑肺区域切除」を検討します。複雑肺区域切除は技術的難度の高い手術ですが、切除範囲を最小限にとどめ、術後の肺機能温存にもつながることから、当院では積極的に採用しています。当院での2024年の肺区域切除の手術件数は、下表の通りです。肺がん手術の総数が220件ですので、半数超が肺区域切除です。

肺区域切除では、どこまで肺を切るかを正確に見極める必要があります

当院では工夫している手技があり、その一つが「ICG蛍光法Navigation Surgery」です。まず手術前に造影CTを撮影し、血管や気管支の位置を確認します。術中に切除予定区域に流入する血管、気管支を処理した後に「インドシアニングリーン」という色素を静脈注射し、特殊な胸腔鏡で赤外線を照射すると、このように緑色に光った部分が残すべき肺、光っていない部分が切除予定というように、正確に判別できます。

左S1+2肺区域切除術症例(複雑肺区域切除の症例)。右の緑の部分が左肺癌病変。左の緑色に染まっていない部分で肺を切離する

もう一つは、「術中選択的気管支送気カテーテルを用いた肺含気虚脱法」です。切除予定の場所と温存する場所の間に空気を入れて肺を膨らませたり縮ませたりして、切除の境目を見つける方法です。

区域切除は、小さながんの場合に肺をできるだけ残せる可能性があり、術後の患者さんの負担を軽くできる点です。JCOG0802試験という日本の臨床試験では、2cm以下の小さな肺がんは、肺葉切除と区域切除で生存期間に差がないという結果が出ており、今後もと区域切除は増加すると考えられています。

「VAL-MAP」と「ICG蛍光法Navigation Surgery」の違いは?

VAL-MAPは、3Dで立体的に構成した肺とがんの位置情報を基に、肺の深い部分や細かい病変を正確に確認しながら気管支鏡を使ってがんの位置をマーキングでき、手術の精度を高めることができます。

一方のICG蛍光法Navigation Surgeryは、ICGという色素を注射して血管や気管支を視覚的に確認する技術です。蛍光を発しない部分が切除予定、蛍光部分が残す部分というように、重要な部分を傷つけずに治療が進められます。

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小林 正嗣
倉敷中央病院 呼吸器外科主任部長
専門領域
呼吸器外科
専門医等の資格
●日本外科学会専門医、指導医
●呼吸器外科専門医、評議員
●胸腔鏡安全技術認定医
●da Vinci Certificate
●日本がん治療認定医機構がん治療認定医
●日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医
●日本呼吸器外科学会ロボット支援手術プロクター

(2025年2月21日公開)

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