がん治療の三大治療法は「手術療法」「薬物療法」「放射線療法」ですが、放射線治療は根治目的(がんを治す)だけでなく、症状を緩和させる目的にも使用されています。緩和ケアと言うと、終末期に行われるケア(ターミナルケア)を想像される方も多いと思いますが、がん治療中に緩和ケアを行うことで、患者さんの生活の質の向上を目指すことも可能です。
このページでは、2024年7月25日に倉敷中央病院の市民公開講座「倉中医療のつどい」で当院放射線治療科主任部長の板坂聡先生が講演された内容の中から、骨転移や脳転移に対する放射線治療などについて紹介します。
骨転移
骨転移は、がんの痛みの大きな原因になります。がん患者の約30~70%にみられると言われています。
痛みや麻痺、さらに病的骨折という転移した部分の骨がもろくなって折れてしまう、これらが苦痛の要因になります。脊髄が押される脊髄圧迫は、下肢の麻痺の原因になります。下肢麻痺だけでなく、膀胱直腸障害と言って尿や便の感覚がなくなり、自力では出せないといった症状にいたる可能性もあります。脊髄圧迫による麻痺や四肢骨の骨折の場合、緊急手術も検討されることがあります。
骨転移の治療
薬物療法
骨に転移したときに提供する治療として、第一に痛み止めが挙げられます。痛みを我慢して良いことはありませんので、必要な痛み止めはぜひもらってください。一般的な抗がん剤に加えて、「骨修飾薬」(ビスフォスフォネート、RANKL阻害剤)が有効です。
手術
脊髄圧迫による麻痺の進行の場合、圧迫を解除するための手術が行われます。足や腕の骨転移の場合、骨折あるいは骨折の危険性が高い場合に手術が行われます。
放射線治療
X線照射が一般的に用いられます。前立腺がんの骨転移では、放射性同位元素(ラジウム)を注射するという放射線治療も用いられることがあります。
どんながんの種類でも、骨転移の治療として放射線治療が大きな役割を果たすことは、ガイドラインにしっかり書かれており、非常に有効な治療となります。放射線治療の特徴として、痛みを和らげる効果だけでなく、腫瘍そのものが縮む効果が期待され、これが放射線治療のメリットになると考えられます。
どのような場合に骨転移に対する治療を行う?
骨転移があっても、必ずしも全員の患者さんに放射線治療を行うわけではありません。一般的にどのような患者さんに放射線治療が勧められるかですが、
① 痛みがある場合
放射線治療の効果として、これまでの報告をまとめると約60~90%の患者さんで痛みが軽減し、さらに約20~30%の患者さんは、痛み止めを増やさずに痛みが消失することが分かっています。
② 脊髄を圧迫している場合
脊髄を圧迫するような脊椎転移は麻痺の危険がありますが、ある程度足が動く状況で放射線治療を始めると、40%の患者さんで、しっかり歩けるまで回復することがわかっています。足が全然動かない完全麻痺の場合は7%の患者さんしか歩行可能まで回復しません。麻痺が出現してから48時間以内の治療開始、または歩けなくなる前の照射開始が望ましく、できるだけ早期の治療開始が大切です。患者さんの中には症状を我慢してしまう方もいらっしゃいますが、治療が間に合わないと寝たきりになってしまいますので急いで病院を受診してください。
③ 骨折の危険がある場合(脊椎や四肢の骨)
背骨や手足の骨が転移腫瘍のためにもろくなり、ちょっと転んだり、重いものを持ったりすること等で簡単に折れてしまうことがあります。骨折する前の治療開始が望ましいです。
骨転移に対する放射線治療前の評価
①痛みの有無
症状の確認が必要です。どこがどのくらい痛いかを、しっかり確認させてもらいます。さらに痛み止めの有無や、処方されているお薬の種類や使用状況も確認させてもらいます。
②骨折や神経障害のリスクの評価
CTやレントゲン検査で骨破壊の程度を評価します。
MRIでは、がんの拡がりがよく分かります。
骨シンチでは腫瘍ではなく骨の代謝を見ますが、一度に全身の骨の写真が撮れます。
PET-CTでは全身の評価ができ非常に有用ですが、がんの種類によっては評価が難しいときがあります。
それぞれの検査の得意、不得意を理解して検査を行います。
③手術適応の有無
整形外科の先生が判断しますが、神経障害のリスクや全身状態、予後予測などから判断されます。
手術や術後のリハビリ期間に耐えられる体力の有無なども判断の基準になります。
放射線治療の効果
痛みを和らげる効果が出始める期間は、放射線治療が終わって2週間ほど要することが一般的です。個人差がありますが、治療が終わってから4週から8週ぐらいで最大の効果に達することが分かっています。
必ずしも即効性があるわけではないので、痛いときにはしっかりと痛み止めを使いながら治療を受けることになります。治療後に一過性に痛みが強くなる方もおられます。
骨転移に対する放射線治療の最近の考え方
骨に対する放射線治療の考え方は、私たち放射線治療医の中でも変わりつつあります。私が研修医だったころは、一律に骨転移の場合は10回照射して終わり、ということが多かったのですが、がんの治療成績の向上とともに、個々の患者さんに合わせた治療を検討するようになりました。オリゴ転移としてしっかりとした治療を行うのと痛みの低減を目的とした治療では、同じ骨転移に対する治療でもやり方が異なってきます。
さらに、痛みを和らげる効果だけを見ると、一回の治療でも5回の治療でも、10回の治療でも差がないということが分かってきました。回数が多いほど放射線をより多く当てられるので、治療が効いている期間が長くなりますが、短期間で治療を行うことのメリットもあります。例えば、痛みがコントロールでき次第、急ぎ抗がん剤治療を始めたい方、できるだけ入院期間を短くしたい方には短期間の治療のほうが適しています。最短では治療の準備に1回、治療に1回の計2回、放射線治療科の外来に来るだけということも可能であり、通院できるのであれば入院は不要になります。治療が効いている期間について心配される方もあると思いますが、痛みが再び強くなったら、もう1回放射線治療(再照射)を行うことも可能です。
骨転移に対する放射線治療のまとめ
・痛みの緩和、麻痺の予防、骨折の予防に有用
・照射回数、線量について症例ごとに検討している
・症状、骨折リスクの評価
・全身治療、予後の評価
・手術適応判断など
・骨転移に対する再照射も以前より増えている
・定位照射など新しい治療技術の適応も進んでいる(再照射にも有用)
・痛みについては患者さんからの訴えからしか分かりません。遠慮せずにお伝えください。
脳転移
がん患者さんの10~30%で発生すると言われています。頭痛や嘔気、麻痺などの症状で見つかる場合もあれば、MRIなどの画像検査でたまたま見つかることもあります。かつては脳転移が見つかると余命は概ね6か月ほどでしたが、局所治療の進歩、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など全身化学療法の進歩で予後は改善しています。局所治療としては手術や放射線治療があります。
具体的な治療内容
全脳照射
脳全体に放射線を当てる治療です。スケジュールとしては10~15回の照射、2~3週間の治療が一般的です。脳全体への治療のため、画像で認識されていない病気に対しても治療効果が期待されます。ただ、副作用として吐き気や脱毛があり、さらに一番の問題点として、正常な脳に対しても放射線を当てますので、脳の萎縮、白質脳症により記憶力や判断力が低下します。
脳転移への定位放射線治療(ピンポイント照射)
当院ではリニアックを用いた定位放射線治療を行っています。回数としては1~3回で終わります。小さい腫瘍が対象となりますが、複数個の脳転移(10個程度まで)を一度に治療できます。照射した部位には強い治療効果がありますが、それ以外には放射線を当てないようにしますので、正常な脳へのダメージもほとんどありません。全脳照射と異なり、基本的に認知能への影響は心配しなくて良いです。
ピンポイント照射では「ガンマナイフ」という治療が有名ですが、問題点として頭を動かないように金属のフレームで固定する必要があります。一方でリニアックを使ったピンポイント照射では、金属のフレームではなくマスクシステムで固定するので、体への負担はかなり楽になっています。
脳転移に対する放射線治療のまとめ
・局所治療として放射線治療(全脳照射、定位放射)の果たす役割は大きい
・がん治療の進歩に伴い脳転移のある患者さんの予後も改善してきている。
・技術進歩により、定位放射線治療はより精確に短時間での治療が可能となっており患者さんの負担は少なくなってきている。
・認知能への影響が少ない定位放射線治療が積極的に行われるようになってきている。
倉敷中央病院 放射線治療科 主任部長
専門領域
放射線治療(消化器癌、血液腫瘍)、RI治療
専門医等の資格
●日本医学放射線学会研修指導者
●日本がん治療認定医機構がん治療認定医
●日本医学放射線学会・日本放射線腫瘍学会放射線治療専門医
●日本専門医機構認定放射線科専門医
(2024年9月11日公開)