肺高血圧症の原因疾患のひとつである慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の重症例では肺血栓内膜摘除術(PEA)という外科的根治術が適応となる。PEAは国内外の限られた施設で施行され、症状、血行動態の改善、および長期予後の改善が報告されてきた1,2)。1500例のPEAを経験したJamiesonらの報告1)によると直近の500例における周術期死亡率は4.4%と低下しており、また本邦においてもOginoらにより88例のPEA施行例中、術後の院内死亡率は8.0%と比較的低い死亡率であったと報告されている2)。しかしながらPEAの適応には制限があり、区域枝レベルまでの中枢側に病変が存在する必要があること、また他に重篤な合併疾患(拘束性、あるいは閉塞性肺疾患など)がないことなどがその条件となる。
PEAの適応外、あるいは効果不十分例を対象に近年各種薬剤の血行動態、症状、予後等における有効性が研究されており、今後有効な薬物療法の確立が期待される。
一方、同じくPEA非適応例を対象として2001年にPTPAの有効性が報告された3)。Feinsteinらは18例の肺血栓内膜摘除術不適応、CTEPH症例に対しPTPAを行い、平均36ヶ月の追跡にてNYHAクラスや6分間歩行距離の改善と肺動脈圧の低下を報告した。合併症としてはPEAと同様、再灌流性肺障害(肺水腫)の頻度が高く(11/18例)、重症3例では人工呼吸管理を要し、右心不全による死亡例が1例あったと報告している。
局所麻酔下で行うより侵襲性の低い治療法で繰り返しの施行が容易であること、PEAの非適応病変とされる末梢肺動脈病変に対してもアプローチが可能であること、また効果が短期間で現われ血行動態や症状の著明な改善を得ることが期待できることから、その有用性が期待される。
2001年以降、自施設でも一般的な血管拡張療法、抗凝固療法に抵抗性で在宅酸素療法の適応となる高度の呼吸不全と肺高血圧を呈する重症CTEPH症例に対しPTPAを施行してきた。
局所麻酔下に経静脈アプローチで手技を行う。0.014インチのガイドワイヤーにて2方向透視下に慎重に病変を通過し、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)に用いる1.5-6.0 mmのバルーンカテーテルにて病変を拡張する(図1)。肺動脈破裂を回避すべくバルーンサイズが病変周囲の血管径を超えないよう注意する。
バルーン拡張部位に一致した再灌流性肺水腫が出現し術後一時的に呼吸状態が悪化することが多いため、1回の手技では片肺のみの病変拡張にとどめる。
2001~2008年の8年間に11例の重症CTEPH症例に対しPTPAを施行した(表1)。全例で複数(5-18病変、平均10.3±4.7病変)の肺動脈病変の拡張に成功した。再灌流性肺水腫が高率に発生し一時的に呼吸状態の悪化を招いたが、1死亡例を除き気管挿管による人工呼吸管理を要した症例はなかった。比較的最近の症例では術後非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を積極的に行った。1死亡例は人工呼吸離脱困難な末期の呼吸不全を呈した症例で、数カ所の肺動脈病変の拡張には成功するも術後呼吸・循環動態が悪化し術後20日目に死亡した。
治療成功10症例では総じて肺動脈圧、肺血管抵抗は低下しており肺血流スキャン所見にも改善を認めた。遠隔期に観察できた9例ではNYHAクラスや三尖弁逆流最高速度の改善の維持が確認できた。
細心の注意を払うことによりPTPAは安全に施行でき、また成功例においては中長期まで維持される良好な治療効果も確認された。PEA成功例と比較するとPTPA成功例での血行動態指標の改善は比較的軽度にみえるが、いずれの症例にも著明な呼吸症状の軽減とADLの改善が得られその有効性は明らかであった。
治療前後の各指標の推移を示す。遠隔期は最終PTPA施行後平均55±26カ月後のデータ。症例③の遠隔期は45ヵ月後のデータであるが、この後さらにPTPAを追加施行し37ヶ月経過した時点でのNYHA classはⅠに, TRPFVは3.0m/secに改善している。
mPAP:平均肺動脈圧, TPR:総肺血管抵抗, TRPFV:三尖弁逆流最高速度
症例 | 年齢 | 性 | mPAP (mmHg) | TPR (dyn・sec・cm-5) | NYHAクラス | TRPFV (m/sec) | ||||
前 | 後 | 前 | 後 | 前 | 遠隔期 | 前 | 遠隔期 | |||
① | 43 | M | 38 | 25 | 660 | 447 | Ⅲ | Ⅰ | 5.2 | 2.8 |
② | 48 | F | 37 | 23 | 572 | 474 | Ⅲ | Ⅰ | 4.4 | 3.5 |
③ | 66 | F | 66 | 39 | 1636 | 903 | Ⅲ | Ⅱ | 4.9 | 3.8 |
④ | 77 | F | 38 | 34 | 1043 | 628 | Ⅲ | Ⅰ | 3.8 | 2.7 |
⑤ | 71 | F | 40 | 28 | - | - | Ⅲ | Ⅰ | 4.5 | 3.1 |
⑥ | 73 | M | 57 | 45 | 1534 | 1505 | Ⅳ | Ⅱ | 5.3 | 3.4 |
⑦ | 65 | F | 55 | 23 | 1054 | 533 | Ⅳ | Ⅱ | 4.3 | 3.9 |
⑧ | 69 | F | 52 | 35 | 1717 | 609 | Ⅲ | Ⅱ | 4.4 | 3.0 |
⑨ | 59 | F | 70 | 67 | 2082 | - | Ⅳ | 死亡 | 5.0 | - |
⑩ | 59 | M | 60 | 42 | 1343 | 779 | Ⅳ | Ⅰ | 4.4 | 3.9 |
⑪ | 74 | F | 60 | 31 | 1181 | 677 | Ⅲ | Ⅰ | 4.9 | 2.7 |
適応症例の選択や治療成功例での血行動態指標の改善の程度を規定する因子は明らかになっておらず、今後検討を要する課題である。
術後に状態悪化を招きうる再灌流性肺水腫に対する対策は特に重要で、術直後からのNPPVの導入や肺水腫の予防や軽減に有効な薬物療法を探る必要があると考えられる。
前述の1死亡例の剖検所見にて、バルーン拡張部位には肺動脈壁の損傷と中膜平滑筋細胞の遊走・増殖といった新生内膜形成による修復過程が認められており、PCI後の冠動脈と同様の再狭窄過程を辿る可能性が示唆される。再狭窄予防策に関しても検討する必要があろう。
今後も手技の向上や各種デバイスの改良、知識や経験の蓄積に伴いさらなる治療成績の向上が期待され、その有効性が広く認識され適応が拡大されることを期待する。
監修 :福 康志(医師)
文献
1) Jamieson SW, KapelanskiDP, Sakakibara N, et al: Pulmonary endarterectomy: experience and lessons learned in 1,500 cases. Ann Thorac Surg 2003;76:1457-62. 2) Ogino H, Ando M, Matsuda H, et al: Japanese single-center experience of surgery for chronic thromboembolic pulmonary hypertension. Ann Thorac Surg 2006;82:630-6. 3) Feinstein JA, Goldhaber SZ, Lock JE, et al: Balloon pulmonary angioplasty for treatment of chronic thromboembolic pulmonary hypertension. Circulation 2001;103:10-13.