動脈瘤とは、動脈がこぶの様にふくれる病気のことをいいます。 動脈瘤は、動脈壁(血管の壁)の弱くなっている部分に発生し、血流によって圧力を加えられると外側に向けてふくらみます。動脈瘤を治療しないで放置すると、破裂して内出血を起こす危険性があります。
大動脈瘤の大半は無症状で、何の症状もなく大きくなります。動脈瘤が大きくなり、周囲の組織が圧迫されるようになって初めて症状が現れますが、症状が出現する頃には動脈瘤はかなり大きくなっている事が多く、無症状のまま破裂する事もあります。
症状は発生する場所によって異なります。典型的な症状は、痛み(普通は背中の上部)、せき、喘鳴(ぜんめい)です。まれに、喀血(かっけつ)や動脈瘤によって食道が圧迫されると食べものを飲みこめなくなったり、喉頭へ行く神経が圧迫されると声がしわがれたりします。胸部の特定の神経が圧迫されると、ホルネル症候群と呼ばれる一群の症状、瞳孔の収縮、まぶたが垂れ下がる、顔の片側に汗をかくなどの症状がみられることもあります。
胸部大動脈瘤が破裂すると背中の上の方に激痛が起こります。この痛みは破裂が進むにしたがって背中の下の方へ、さらに腹部へと広がります。また、心臓発作の際のように胸や腕に痛みを感じることもあります。患者は急速にショック状態に至り、内出血のため死亡します。
胸部大動脈瘤は、他の病気のスクリーニング法として胸部CT検査が普及したことから、以前よりも頻繁に見つかるようになりました。
胸部大動脈瘤の手術の成績が良くなったため、非常に増加しています。2019年の症例数は124例でした。当院での最近5年間の待機的手術387例では手術死亡率は2.1%でした。80歳以上の患者さんにも勧める事ができるようになりました。胸部下行大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤に対してはステントグラフトを積極的に使用しています。5年間で102例に施行しています。急性大動脈解離も生命の危険が非常に高い病気ですが、ここ5年間で190例の緊急手術を施行し、手術死亡率は5.2%と良好な成績でした。
大動脈瘤手術で患者さんの命運をわけるのは、人工血管の吻合部位の確実な止血です。
当院では胸部大動脈瘤手術に対して、新しい吻合方法を開発し["turn-up" anastomosis法]、国際的にも高い評価を得ています。
(Tamura N, Komiya T, Sakaguchi G, Kobayashi T.'Turn-up' anastomotic technique for acute aortic dissection.Eur J Cardiothorac Surg. 2007;31:548-9)
胸部正中切開から非常に深い位置にある動脈瘤に対しても、確実な手術を行うことができ、これまで胸部大動脈瘤約450例、急性大動脈解離手術約200例にこの["turn-up" anastomosis法]を使用し、極めて良好な成績をおさめています。
(Shimamoto T, Komiya T. Advantage of continuous telescopic inversion technique does not overcome the disadvantage of " turn-up" technique in aortic anastomosis. J Thorac Cardiovasc Surg. 2011 in press)
(a)CT画像:胸部大動脈瘤術前
こちらの動脈瘤は、肺動脈の後ろ側までまわりこむような広範囲にわたる動脈瘤=広範囲瘤(Aneu)です。通常の方法では胸部正中切開のみで手術を行い良好な止血を得るのはきわめて困難です。
(b)CT画像:"turn-up" anastomosis法による胸部大動脈瘤術後
広範囲瘤のようなハイリスクな患者さんに対しても、["turn-up" anastomosis法]により弓部大動脈瘤を人工血管(左CT画像内G)に置換し、安全・確実な手術が可能でした。
外科技術を日々進歩させることによって、手術を受ける患者さんのquality of lifeを向上させることが可能であるという信念をもって我々は診療にあたっています。
腹部大動脈瘤では2019年には100例の手術がありました。ここ5年間の待機的手術は456例で死亡はゼロです。破裂した場合の死亡率が高いことより、80歳代でも日常生活を普通に営なまれている方には十分手術が可能です。ステントグラフトは、高齢者や開腹手術の既往がある場合などに行っています。ここ5年間で211例に行っています。
胸腹部大動脈治療のgold standardは人工血管置換術であることは論を待ちませんが、2009年以前は出血やARDS(肺炎などの呼吸器合併症)による院内死亡が高率に認められたため、2009年から2016年までは腹部デブランチ手術+ステントグラフトによる治療を第一選択としていました。その間24例を治療し、入院死亡は2例のみでした。しかし、ステントグラフト、手術時間は長く出血も多くなります。その上難治性の下痢、胆嚢炎、腎不全、鬱などの合併症も認めました。そのため、2018年より胸腹部大動脈瘤治療の第一選択を左開胸による人工血管手術に切り替えました。過去の成績の悪かった時代と戦略を大きく変更させた部分としては、正中からのオープンステントやTEVARを併用して治療型をなるべくCrawford4型のように下位肋間での開胸で行い呼吸機能へのダメージを最小限とする、肋間動脈を人工心肺前に瘤外からクランプできる状態にして脊髄虚血を最小限とする、32-34度の軽度低体温を併用し臓器保護につとめる、肋間動脈はロール再建として複数の肋間動脈を一度に再建する、など工夫をしています。それらの工夫の結果2018年12月からの胸腹部大動脈人工血管置換術は11例にて脳梗塞1例を認めたものの、全例生存退院し脊髄虚血も認めていません。