胃がんの内視鏡検診を解説!(前編)

胃がんの内視鏡検診を解説!(前編)
胃がんの内視鏡検診(前編)

胃がん検診を内視鏡で受けている方は、バリウム検診の方より胃がんによる死亡リスクが低いというデータが2015年に示されたことを受け、倉敷市でも2017年度から胃がん内視鏡検診が始まりました。倉敷市胃がん内視鏡検診では、これまでの検診で無視されてきた胃がんの原因、ピロリ菌の感染状態もきちんと評価されます。
このページでは、ピロリ菌の臨床課題について数多くの研究成果を発表している倉敷中央病院顧問で前消化器内科主任部長・副院長の水野元夫先生が、前編としてピロリ菌が胃がんを引き起こす原因や除菌の効果などについて解説します。

胃がんはどのくらいの人が発症している?

がん情報サービスのまとめによると、胃がんの2019年の診断数は124,319例(男性85,325例、女性38,994例)、2020年の死亡数が42,319人(男性27,771人、女性14,548人)という、重要ながんの一つです。亡くなられる方は下のグラフの通り、少しずつ減りつつあります。

理由として挙げられるのは、胃がんの原因になるピロリ菌を調べて治療できる疾患に、慢性胃炎が加わったことです。ピロリ菌はこれまで、胃潰瘍やリンパ腫などの患者さんだけ検査して治療ができていました。ピロリ菌に感染した方は皆さん慢性胃炎になりますので、実質的にピロリ菌感染者は全員、検査・治療できるようなりました。またその際には、保険診療では内視鏡検査を受けるように決められたことも影響していると考えられます。

ピロリ菌とは?

右のイラストのような形をしています。ピロリ菌は胃の粘液の中に住んでいますが、ピロリ菌の持っている針で細胞を刺し、胃がんや胃潰瘍、十二指腸潰瘍などを引き起こす毒を入れてしまいます。
いろいろながんが体の中にできますが、原因が分かっている代表的なものは、B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルスによる肝細胞がんと、乳頭腫ウイルスで起こる子宮頸がんです。ウイルスは非常に小さな物質でできています。一方でピロリ菌は、細菌という顕微鏡でも見られるもっと大きい病原体です。細菌で起きることが分かっている人のがんは、今のところ胃がんだけです。

ピロリ菌が胃がんを引き起こす?

まず、ピロリ菌をネズミに感染させ、胃がんを発症するか調べる研究が行われました。ピロリ菌に感染したネズミを62週後に確認すると、27匹のうち10匹。すなわち3匹のうち1匹が胃がんを発症しました。
ヒトに対してはどうか。ピロリ菌の感染の有無でグループ分けして12年間、毎年内視鏡検査をした研究があります。その結果が下のグラフですが、ピロリ菌がいない人は誰も胃がんを発症しませんでした。一方で、ピロリ菌の感染者からは胃がんを発症したケースがあり、この研究ではっきりと、“ピロリ菌が胃がんの主な原因”だと分かりました。
“主な原因”と言う理由ですが、約3000人の胃がん患者さんで厳重にピロリ菌の有無を調べた研究で、21例でピロリ菌陰性の患者さんがいました。率で言うと0.66%。つまり99%以上はピロリ菌が原因で、胃がんが発症するということです。

ピロリ菌が胃がんを引き起こす理由

先ほど、ピロリ菌が針を刺して毒素を細胞の中に入れると説明しました。下の左の写真はピロリ菌に感染したことがない人です。つるっとした肌色の濃いような色で、きれいなヒダヒダが胃の全体にあります。ピロリ菌に感染すると、下の右の写真のようにひだが腫れて太く、赤くない粘液がべったりついた状態になります。

ピロリ菌に感染すると、胃の細胞の中の遺伝子が壊されてしまいます。遺伝子は人間の体を作る設計図です。この設計図が壊れると細胞の増殖が止まらなくなり、がん細胞となってしまいます。
ただ、このように遺伝子が破壊されるということを、人間の体はある程度想定しています。「こういう攻撃を受けるだろう」と想定していて、壊れた遺伝子を治す遺伝子があります。この遺伝子を相同組換遺伝子と言います。ただ、この相同組換遺伝子に異常がある方もいます。下のグラフのように、ピロリ菌に感染してこの遺伝子に異常があると、胃がんの危険度が増加します。逆に遺伝子の異常があったとしても、ピロリ菌さえいなければ、ピロリ菌に感染していない人と同じぐらいの発がん率しかないので、大元はやはりピロリ菌の感染です。遺伝子異常は、ピロリ菌の感染者ががんになりやすい要因の一つと言えます。

塩辛いものが好きな人は胃がんになりやすい?

ピロリ菌に感染したネズミに塩分をたくさん摂取させた研究では、塩分量の増加に伴って胃がんの発生率がどんどん上がりました。一方で、ピロリ菌に感染していないネズミは、塩分をいくら増やしても発がん率は上がりませんでした。この研究からも言えるように、胃がんの大元はピロリ菌です。塩分をたくさん摂取すると、胃の表面を被うピロリ菌の侵入を防ぐ作用のある粘液が削られ、そこからピロリ菌が接着して、毒素を細胞に注入してしまいます。塩分の過剰摂取もピロリ菌がいなければ、胃がんの発生には関係ないようです。
ただ、忘れてはいけないことがあります。そもそも塩分を摂りすぎると、血圧の上昇や動脈硬化の進行につながりますので、塩分の摂りすぎは絶対に避けてください。

ピロリ菌に感染している人はどのくらいいる?

感染率は20歳以下の若い方は減少していますが、40~60歳のまだ半数は感染していると言われています。もしピロリ菌に感染していることが分かったらどうするか。ピロリ菌を除菌すれば、胃がんの危険度が半減することが、これまでの研究で事実として分かっています。
私は福山市の病院で約30年前から除菌治療を開始して、胃がんの予防効果などの経過を研究しています。その研究を開始して10年後、ピロリ菌をうまく除菌できたグループと、感染が持続してしまった方のグループで、胃がんが発症したかどうかをまとめたのが下のグラフです。このグラフは下に行くほど、胃がんが発症したことを意味します。ですので、感染が持続した方に比べて、除菌がうまくできた方では発がんが抑制されていることが分かります。

その後も観察を続け、除菌治療開始から17年目の検討でも、下のグラフのように同様の結果となり、除菌が成功すると持続した人より約1/3は発がんが抑えられることが分かりました。

私たち以外にもピロリ菌除菌による胃がんの予防効果の研究は実施されていて、平均すると、除菌によって胃がんの危険度は半分に減るという結果が出ています。さらに、慢性胃炎が進まないうちにピロリ菌を除菌するほど、その後の胃がんのリスクが少ないことも分かりました。
ここで大事なことは、“ピロリ菌を除去すれば、完全に胃がんにならない”とは思わないことです。除菌すれば危険度が0になるのではなく、半減するということです。そのため、除菌後も必ず内視鏡検診を定期的に受ける必要があることを忘れないでください。実際に、ピロリ菌の除去で胃の調子が良くなったため、内視鏡検診を受けなかった方が、除菌の5年後に進行胃がんで見つかったこともありますので、除菌後も必ず内視鏡検査は受けてください。

胃がんは撲滅できるがんです

ピロリ菌の除菌は自身の胃がんリスクを下げるだけではなく、胃がん自体の撲滅にもつながります。ピロリ菌は赤ちゃんのときに口からうつります。感染源は保菌者です。昔は井戸水などによる水系感染がありましたが、今はほとんどが家族内感染、特にお母さんからの口うつしによる感染です。
ピロリ菌陽性の子どもを調べると、お父さんかお母さんのどちらかがほぼ陽性です。逆に、お父さんとお母さんが陽性でも、子どもが陽性になる確率は10%で、必ずうつるわけではありませんが、お母さんとお父さんが陰性なら、子どもは絶対にピロリ菌には感染していませんと言い切れるぐらい大丈夫です。
子どもを胃がんから守るためには、子どもができる前にピロリ菌を除菌するのが非常に大事です。若い時期のピロリ菌除菌は胃炎も進んでいませんので、自身の胃がんの予防にも非常に役立ち、予防効果も高く、次世代への感染も防げます。

水野 元夫
倉敷中央病院顧問(前消化器内科主任部長・副院長)
専門領域
内視鏡における消化器癌の診断と治療、ヘリコバクター感染症の診断と治療
専門医等の資格
●日本内科学会指導医、総合内科専門医
●日本消化器内視鏡学会指導医、専門医
●日本消化器病学会指導医、専門医
●日本肝臓学会指導医、専門医
●日本ヘリコバクター学会H.pylori感染症認定医

(2024年7月10日公開)

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