新しいTAVIアプローチ:頸動脈アプローチ(TC-TAVI)
本邦では平均寿命の伸長に伴い高齢化が進み、心臓弁膜症の一つである大動脈弁狭窄症の患者さんも増加傾向にあります。大動脈弁狭窄症は、心臓の出口にある大動脈弁の開きが悪くなり、全身へ血液を送り出す機能が低下する疾患で、進行すると心不全や突然死のリスクが高まります。この病気に対する治療法の一つに、経カテーテル大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Intervention/Replacement:TAVI/TAVR)があります。TAVIは、外科的に胸を開くことなくカテーテルを用いて人工弁を留置する低侵襲な治療法です。
当院では、外科的手術のリスクが高い患者さん、例えば80歳以上の高齢者、人工透析や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの合併疾患をお持ちの方、あるいは虚弱(frailty scoreが高い)な方に対して、TAVIによる治療を積極的に行っており、2010年6月から2024年までに951例のTAVIを施行してまいりました。
従来のTAVIアプローチの限界と代替アプローチの進化
TAVIの主なアプローチは、太ももの付け根の血管(大腿動脈)からカテーテルを挿入する経大腿動脈アプローチ(TFアプローチ)です。しかし、患者さんの中には、大腿動脈や腸骨動脈が細い、腹部・胸部大動脈瘤がある、血管の石灰化や粥腫が著しいなど血管の状態が不良なために、TFアプローチが難しい方がいらっしゃいます。当院では、これまで全TAVI症例の約14.5%(2024年には透析患者さんの増加もあり17%)の患者さんで、TFアプローチとは異なるアプローチ(alternative approach)を選択せざるを得ませんでした。
当初は、左胸を小さく開けて心臓の先端(左室心尖部)からアプローチする経心尖部アプローチ(TA-TAVI)や経大動脈アプローチ(DA/TAoアプローチ)、経腕頭動脈アプローチ(TBcアプローチ)、経鎖骨下動脈アプローチ(TScアプローチ)など、患者さんの状態に応じて合併症を最小限に抑えるアプローチを選択し、良好な成績を得てきました。しかし、それでもなお、アプローチが困難な症例が存在しています。
新しい選択肢:頸動脈アプローチ(TC-TAVI)
このような背景の中で、2010年代後半から臨床応用が始まった比較的新しい代替アプローチが頸動脈アプローチ(Trans-Carotid TAVI: TC-TAVI)です。当初は困難な症例への最終手段として考えられていましたが、技術の進歩と経験の蓄積により、適用範囲が拡大されています。
頸動脈アプローチが他の代替アプローチと比較して優れている点は以下の通りです:
• 直線的なアクセス:大動脈弁輪までの距離が短く、TAVIデバイスの操作性や位置調整(アライメント調整)に適している
• 適切な血管径:総頸動脈は通常6~8mmの径があり、TAVIデバイスの挿入に適している
• 石灰化の頻度が低い:大腿動脈や腸骨動脈に比べて、石灰化の頻度が低い傾向にある
• アクセスの容易さ:頸動脈は体の表面に近い位置にあり、解剖学的な目印(ランドマーク)が明確なため、アプローチしやすい特徴がある
さまざまな臨床研究においても、頸動脈アプローチTAVIの安全性と有用性が示されています。他の代替アプローチと比較して、生存率の向上や出血リスクの軽減が報告されており、頸動脈を使用することで懸念される脳梗塞の発症リスクについても、差異がない、むしろ軽減する傾向にあることが示されています。
TC-TAVIの適応と当院での導入
2023年の欧州心臓病学会(ESC)/欧州心胸血管外科学会(EACTS)ガイドラインでは、以下の条件を満たす場合に頸動脈アプローチが推奨されています:
• 解剖学的基準:総頸動脈径が6mm以上であること、高度な石灰化がないこと、頸動脈分岐から2cm以上の距離があること
• 臨床的基準:TFアプローチが不適応であること、外科的リスクが高いこと、他の代替アプローチが困難であること
• 除外基準:過去に頸動脈手術の既往があること、重度の頸動脈狭窄(70%以上)があること、反対側の頸動脈が閉塞していること
欧米では、他のアプローチよりも優れている可能性から、TFアプローチが困難な場合の第一選択(First-line alternative)として頸動脈アプローチが使用される傾向にあります。 本邦では2024年4月より頸動脈アプローチが保険適用となり、当院でも2024年7月よりTC-TAVIを導入いたしました。
当院における安全への取り組み
頸動脈をアプローチとすることによる、新規脳梗塞や頸動脈解離などの重篤な合併症の発生を予防することが最も重要です。そのため、当院では手技の可否や左右どちらの頸動脈を使用するかを決定するにあたり、以下の評価体制を敷いています:
• 事前の脳血管評価:脳MRI、造影脳CT(perfusion CT)、頸動脈エコー検査を実施し、脳血管の状態や血流を評価する
• 多職種連携:脳神経外科医、放射線科医を含めた「心臓・脳血管チーム」でカンファレンスを行い、最適な治療戦略を検討する
手技中も、脳虚血を予防するための細心の注意を払っています:
• 頸動脈の遮断:塞栓予防のために、手技中は頸動脈を一時的に遮断します
• 脳神経モニタリング:運動誘発電位(MEP)、体性感覚誘発電位(SEP)、脳オキシメータ(INVOS)を用いて脳神経の状態をモニタリングし、血行動態を管理します
• 緊急時の準備:血流低下時に備え、外シャントサイトの準備や遮断テストを実施します
• 確実な血管修復:血管の狭窄を残さないよう、遮断下に確実な血管修復を行います
的確な患者選択と、安全を最優先する手技により、当院でこれまでTC-TAVIを完遂した7例において、脳神経合併症なく経過されています。
今後の展望
頸動脈アプローチは、TFアプローチが困難な患者さんに対するAlternative TAVIの重要な選択肢として確立されつつあります。最新のエビデンスは、その安全性と有効性を支持しており、適切な患者選択を行うことで、優れた臨床成績が期待されます。当院では、多職種チームによる包括的な評価を通じて、一人ひとりの患者さんに最適な治療戦略を選択することで、患者さんの予後改善に貢献できるよう努めています。今後も継続的な学習と情報共有を行い、より多くの患者さんに最善の治療を提供できるよう、尽力してまいります。