大動脈弁閉鎖不全症に対する外科治療:大動脈弁形成術

大動脈弁閉鎖不全症に対する外科治療は、
(1)弁をとりかえる手術「弁置換術」
(2)患者さんご自身の弁を修復する「弁形成術(大動脈弁形成術)」の2つがあります。
一般的な治療は、弁をとりかえる弁置換術を基本治療としている施設が多いですが、当院では形成に適した形態の大動脈弁の患者さんやワーファリン不要のメリットを享受できる患者さんに対して、積極的に大動脈弁形成術を選択しています。

大動脈弁形成術での治療をおこなった大動脈弁閉鎖不全症の症例紹介

大動脈弁輪拡大症による大動脈弁閉鎖不全症

図1 先天的に大動脈弁尖の組織が弱い患者さんで、赤色部位の弁尖が非常に弱く、菲薄化して伸び切ってしまい、弁尖同士が合わなくなって逆流が生じていました

【術前】この患者さんは、「大動脈弁輪拡大症」という疾患によって「大動脈弁閉鎖不全症」を起こしていました。大動脈弁閉鎖不全症では、心臓の出口にある「大動脈弁」という弁の周りや弁そのものの組織が弱くなり、ゴムのように伸びきってしまいます。その結果、弁がしっかり閉じなくなり、血液が逆流してしまいます。それだけでなく、伸びた大動脈の部分は非常に脆くなり、治療をしなければ破裂する危険性もあります。
実際にこの患者さんの大動脈弁を確認すると、3枚ある弁のすべてが伸びきっており、本来ぴったり合わさるはずの弁どうしがくっつかず、下に垂れ下がったような状態になっていました。

 

 

図2 矢印の部分の弁尖を祭り縫いすることで、各弁尖の長さを短縮して調節すると同時に、ある程度の強度も増すことが出来ます。この方法で各弁尖同士の接合は良好になり、逆流は制御できました

【術後】この手術では、まず「ゴアテックス」という特殊な医療用の糸を使って、大動脈弁の一つひとつの「弁尖」を丁寧に縫い縮めて、元の正しい長さに近づけました。次に、正常な形に近い人工の血管を用意し、その内側に大動脈弁の土台部分(弁輪)を縫い付けて固定しました。この方法は「リインプランテーション法」と呼ばれ、弱くなった大動脈の基部をしっかりと作り直す手術です。この処置によって、弁の接合(かみ合わせ)も良くなり、血液の逆流がきちんと抑えられるようになりました。

 

交連部解離による左冠尖と無冠尖との間から逆流

図3 弁尖同士の間(交連部)が破綻して、そこから逆流が生じていました

【術前】この患者さんの「大動脈弁閉鎖不全症」は、本来3枚で構成されている大動脈弁のうち、左冠尖と無冠尖という2枚のあいだから血液が逆流している状態でした。弁そのもの(弁尖)はきれいで正常ですが、それらのつなぎ目(交連部)が弱くなり、その部分が壊れてしまったために逆流が起きていました。

 

 

 

図4 前述の祭り縫いに加えて、交連部をフェルト付きの糸をかけて寄せることで、この部位の逆流を制御しています

【術後】この手術では、まず「reimplantation法」という方法で、大動脈の根元(基部)を人工血管で再建しました。さらに、破れてずれてしまっていた弁のつなぎ目(交連部)を、人工血管の内側に特殊な縫い方でしっかりと固定しました。これにより、大動脈弁の3枚の弁尖がぴったりとかみ合うようになり、血液の逆流も防げるようになりました。

大動脈弁逸脱による大動脈弁閉鎖不全

【術前】この患者さんでも、大動脈弁の土台部分(弁輪)が少し広がっている状態(軽度の拡大)が見られました。そこで、まず弁の下の組織を縫い縮めて(引き締めて)支えをしっかりさせたうえで、さらに工夫を加えました。
弁のふち(弁尖)の半分の長さにだけ、特殊な縫い方(まつり縫い)を行うという独自の手法を使いました。弁どうしのかみ合わせが良くなり、血液の逆流をうまく抑えることができました。

図5 右冠尖の半分(点線矢印)だけ弁尖が伸び切っています。この部分の接合が不良で逆流が生じていました

図6 この半分の部分(実線矢印)だけ前述のまつり縫いをかけるという独創的な方法で、弁尖の接合を良好にしています

四尖弁の大動脈弁

【術前】とても珍しい四尖弁の大動脈弁です。やや小さめの余剰な弁尖が落ち込んで逆流していました。

図7 通常よりやや小さい、余剰な弁尖(矢印)のある4尖弁の症例です。右冠尖と無冠尖との間に通常より小さい弁尖があり、これが他の弁尖と接合できず落ち込んでおり、そこからの逆流を認めました

【術後】うまく閉じずに垂れ下がっていた弁の一部を、「無冠尖」という弁の部分にしっかりと縫い付けることで、弁の落ち込みが解消され、血液の逆流もほとんど見られなくなりました。四尖弁の形成手術は高度な技術が求められ、世界でもごくわずかしか報告されていない、きわめて珍しい症例です。

図8 余剰な弁尖を隣の弁尖(無冠尖)に縫い付けることで落ち込みは無くなり、弁同士の接合が良好になって逆流を制御できました

二尖弁の大動脈弁

この患者さんは、本来3枚あるはずの大動脈弁が2枚しかない「二尖弁」という、先天的な状態でした。その2枚のうち、左冠尖と無冠尖という部分がくっついていて、その部位が非常に硬くなり、動きが悪くなっていました。そこで、動きの悪くなっている硬い部分を四角く切り取り、その代わりに心膜(心臓を包んでいるうすい膜)を使って作った“パッチ”を縫い付けて修復しました。

【術前】左冠尖と右冠尖が癒合したタイプのニ尖弁の症例です。

図9 癒合した部分は非常に硬く分厚くなっており、可動性が悪くなっていました

【術後】この硬い部分を四角く切り取り、心膜で作成したパッチで修復しています。

図10

挙児希望のある20歳台女性の大動脈弁形成術

先天性心疾患手術後の20歳台の女性に発生した大動脈弁閉鎖不全症の症例です。妊娠のご希望が強く、内服薬の必要もなくなる大動脈弁形成術を選択しました。

図11 3弁尖のうち2弁尖の肥厚が著明でした

【術後】術後の経過は良好で、術後現在1年間は妊娠可能となりました。

図12 肥厚部を切除し、自己心膜で再建しました