心房細動による脳梗塞予防のための
経カテーテル左心耳閉鎖術「WATCHMAN」
脳卒中は寝たきりの原因の第1位で、命にも関わる重篤な病気です。特に、心臓でできた血栓が脳に飛んで発生する「心原性脳塞栓症」は、脳の広範囲に障害が及びやすく、重症化や死亡率が高まるため「ノックアウト型」脳梗塞とも呼ばれています。この心原性脳塞栓症を予防するため、当院では経カテーテル左心耳閉鎖術「WATCHMAN」を実施しています。
心房細動とは
心臓の上部にある「心房」が小刻みに震え、規則正しい拍動ができなくなる不整脈の一種です。動機や脈の乱れが症状として現れ、胸に苦しさや心不全を発症することもあります。心房内に血の塊である血栓ができやすくなり、この血栓が脳の血管を詰まらせることで脳梗塞を引き起こす恐れがあります。
非弁膜症性心房細動の患者さんの場合、心臓内にできる血栓の90%以上が左心房の「左心耳」という袋状の部位から発生することが分かっています。心房細動の患者数は年齢とともに増加し、高齢患者さんでは自覚症状を感じない方も多いですが、脳梗塞リスクがある場合は治療が必要です。
3つの治療方法
薬物療法(抗凝固薬)
血液をサラサラにする薬を服用し、血栓ができるのを防ぎます。標準的な治療法ですが、全身に作用するため鼻血や皮下出血、消化管からの出血、重症の場合には脳出血などの合併症のリスクも伴います。このような副作用が起きたり、服用し続けても脳梗塞を発症したりする場合は、別の治療法を検討します。
カテーテルアブレーション
不整脈そのものを根治する治療法です。カテーテルを心臓に挿入し、不整脈の原因となっている心筋細胞を壊死させます。一方で、手術による合併症リスクの考慮や、治療後も脳梗塞予防のために抗凝固薬の服用が必要な場合があります。
左心耳閉鎖術「WATCHMAN」による脳梗塞予防
心房細動による脳梗塞のリスクが高い患者さんで、抗凝固薬の服用継続が難しい場合や、服用しても脳梗塞を発症してしまう恐れがある方には「左心耳閉鎖術」を検討します。心房細動が原因で心臓内にできる血栓のほとんどは、左心耳から発生します。そこで、この左心耳を閉鎖して血栓が脳へ流れて脳梗塞を引き起こすことを局所的に防ぎます。心原性脳梗塞は症状が重く、脳に大きなダメージを与えるため、その予防は非常に重要です。
WATCHMAN(ウォッチマン)とは
足の付け根の血管からカテーテルを挿入し、心臓の左心耳に特殊なデバイスを留置して、左心耳を「ふたをする」ように閉鎖する治療法です。日本で治療が可能になった2019年9月から当院では実施しており、2025年8月には累計500例に到達しました。さまざまな左心耳の形態に対応できるよう、複数のサイズがあります。
WATCHMANの実施により、重度の脳梗塞や出血性合併症の発生率が有意に低下し、長期的な死亡率の低下も示されています。
一方で、起こりうる合併症としては、治療に関連する脳卒中、デバイスの脱落(稀に開胸手術での回収が必要)、心筋梗塞、心臓の損傷による出血、足の血管からの出血、感染、薬剤アレルギーなどがあります。
WATCHMANによる治療
開胸手術ではありませんが、原則として全身麻酔で行います。
1. 太ももの付け根の血管からカテーテルを挿入します。
2. カテーテルを心臓の右心房から心房中隔を穿刺して左心房へと進め、目的の左心耳まで到達させます。
3. 左心耳の形状に合わせたWATCHMANデバイスを、経食道心エコーを用いてリアルタイムでデバイスの正確な位置を確認しながら慎重に留置します。
4. デバイスが適切に留置されたことを確認後、カテーテルを抜去して血管の穿刺部位を縫合します。
治療は30分から1時間程度で終わることがほとんどで、入院から退院までは3日程度となっています(例:火曜日に入院、水曜日に治療、金曜日に退院)。
WATCHMANの留置後は、左心耳の表面が完全に内皮化するまでの間、一時的に抗血栓薬を服用します。定期的に外来を受診し、治療後約45~90日後の経食道心エコーで左心耳が適切に閉鎖されているかを確認します。最終的には多くの患者さんで抗凝固薬の服用を中止できることを目指します。
WATCHMANによる治療が適している方
左心耳閉鎖術は、主に以下のような患者さんが適応となります。
◦ 大きな出血や脳梗塞の既往のある患者さん
◦ 抗凝固薬に加えて抗血小板薬を継続して服用する患者さん
◦ 抗凝固薬の服用が難しい、あるいは継続が困難な患者さん
◦ ワルファリンの量を頻繁に変える必要がある患者さん