心臓血管外科
躍動するOB/OG
心臓血管外科では、これまで数多くの若手医師が研鑽を積み、全国各地の第一線で活躍しています。
厳しくも充実した研修環境の中で育まれた技術と精神は、それぞれの現場で今も力強く息づいています。
このページでは、当科での研修を経て羽ばたいたOB/OGたちの「今」と「原点」をご紹介します。
ワシントン大学 心臓外科 Assistant Professor 村下 貴志 先生
倉敷中央病院で2004年から2009年まで初期研修、後期研修を行った村下貴志と申します。
私はマッチング制度の初年度に大学を卒業し、外科系レジデントとして倉敷中央病院にマッチングしました。その時分では漠然と外科に行きたいと思っていたものの、進路については確固とした決意はありませんでした。大学のポリクリで心臓血管外科を1週間ローテーションしましたが、手術は遠くから眺めるだけで実際に何が起こっているのか全く見えませんでした。
倉敷中央病院の初期研修2年目で実際に心臓手術を見て、そのダイナミクスに感動しました。初めて実際に動いている心臓を見て、いったん止めた心臓が心内操作の後、再び動き出すことに驚きましたし、そんな手術ができるようになりたいと強く思いました。それから20年近くが経ちますがその時の決断については誤っていなかったと確信しています。
倉敷中央病院では多くの同年代の同僚と切磋琢磨することができ、いい刺激をもらいました。その財産は私にとって貴重なものです。外科医にとって自分のしていることが正しいことなのかどうか、自分の成績をretrospectiveにreviewすることが大切です。研修時代には小宮先生からたくさんのstudyを割り当てられました。当時はその大切さにあまり気づいていませんでしたが、今になって振り返るとacademic surgeonになるために最も大切なmentalityを教えてもらったものだと感じています。
私は倉敷中央病院の研修を終えた後しばらくして、念願だったアメリカ留学を果たし、現在はアメリカのワシントン大学でAttending surgeonとして働いています。アメリカ留学にいたる経緯については、心臓という雑誌に2020年に掲載しましたのでそちらを参考にしてもらえればと思います(52巻8号)。
心臓外科の冥利はやはり手術の良し悪しがダイレクトに患者のアウトカムにつながるところではないでしょうか。もちろんすべてのケースがうまくいくわけではありません。大動脈解離など手術をしなければ助からないような場面で、手術で患者さんの命を助けることができれば外科医として最高の喜びです。しかし、良かれと思って行った手術がうまくいかず、患者さんが亡くなることもあります。ベッドサイドで泣き叫ぶ家族の姿を見て、心が引き裂かれるような思いをします。そんな日はなぜ自分が心臓外科医になったのか、自分は本当に心臓外科医としての能力があるのか、と厳しく自問自答します。しかし、次の日には他の患者さんが手術を待っており、心の傷は次の患者さんを救うことでしか癒されません。もちろんなぜうまく行かなかったのか、どうすれば合併症を防ぐことができたのか、謙虚に反省して同じ過ちを繰り返さないようにしなければなりません。
私が若いころ、心臓外科医はステントの登場やTAVRの普及により仕事がなくなる、と言われてきましたが、そんなことは全くありませんでした。研修をしたころに比べるとたくさんのinnovationがありましたが、外科医のすることはまだまだたくさんあります。時代はminimally invasive surgeryを求めており、心臓外科医もそういった新しい手技を学ばなければなりません。心臓外科医にとって到達点はなく、innovationについていくために生涯learningを続けなければなりません。それが心臓外科の醍醐味ではないでしょうか。
私の投稿が新しく心臓外科を目指す若い医師にとって、少しでも励みになれば幸いです。
東京ベイ・浦安市川医療センター 心臓血管外科 部長 伊藤 丈二 先生
私は2006年に卒業後、倉敷中央病院で2年間の初期研修を行い、そのまま心臓血管外科の後期研修(シニアレジデント)を3年間続けました。当時、全国から集まったシニアレジデントは各学年2〜3人、常時10名ほど。在籍する誰もが強いライバル心を持ち、ときには衝突することもありましたが、それ以上に互いを高め合える環境が整っていました。
心臓外科は症例数や執刀の機会が限られている分、常に厳しい競争があります。しかし、この「良きライバル」との切磋琢磨こそが成長を加速させます。少人数体制の病院では得がたい、圧倒的に充実した環境が倉敷中央病院にはありました。私自身も先輩の手技や考え方を学びながら、「どうすればこの優秀な先輩たちを超えられるか」と常に考え、日々の研修に取り組んでいました。研修を終えた今も、当時の仲間たちは学会や仕事を通じて支え合えるかけがえのない存在です。
また、倉敷中央病院では素晴らしい指導医の先生方に恵まれました。基本手技の徹底だけでなく、アカデミックな視点や学会発表・論文執筆に至るまで丁寧に指導いただきました。心臓血管外科を志す上で、このように基盤をしっかり築ける環境は非常に貴重だと感じています。
現在、私は千葉県の東京ベイ・浦安市川医療センターで部長として後進の育成にあたっています。当時、多くのシニアレジデントを束ねて教育された小宮達彦先生をはじめ、指導医の先生方の偉大さを今になって改めて痛感しています。倉敷中央病院は、素晴らしい上司と良きライバルに出会える場所です。
心臓血管外科を志すなら、最初のスタートラインが何よりも大切です。すべての成長は「基本」という土台の上に築かれます。研修先を迷っている方には、症例数が豊富で教育環境が整った倉敷中央病院を自信を持っておすすめします。
ワシントン大学セントルイス Advanced Clinical fellow 平山 雅弥 先生

皆さまこんにちは。私は初期研修を終えた後、医師3年目から6年目までの4年間、倉敷中央病院で心臓血管外科の修練をさせていただきました。
倉敷中央病院では同年代のシニアレジデントとお互いに切磋琢磨し合いながら、忙しくも充実した生活を送りました。研修中は、術前準備、手術手技、術後管理、学術活動など小宮先生をはじめとする指導医の先生方に多くのことを教えていただきました。その中でも“しっかりと考える”ということが常に根底にあり、心臓外科の基礎を習得する段階でそのような指導を受けられたことは、自分にとって非常に大きな財産になっているように感じます。
私は倉敷中央病院での研修を終えた後、国立循環器病研究センターで4年間トレーニングを行い、現在はWashington university in Saint. LouisでAdvanced Clinical fellowとして勤務しております。手術手技を学ぶことはもちろんですが、英語環境で働くことやアメリカの医療システムを経験することなども非常に有意義であると感じております。これまで多くの先輩方が海外留学され、世界で活躍される姿を見て、私自身もアメリカ留学への思いを高く持つことができました。
私が心臓外科を志したのは初期研修医の時でしたが、その動機は直感的なところが大きかったように思います。当時感じた心臓手術のダイナミックかつ繊細な部分は10年経った今も全く変わらず感じることができ、また様々な局面において日々新しい発見があり、心臓外科領域の魅力、奥深さを実感する毎日であります。
このホームページを見て、今まさに進路に迷っている方は是非一度、倉敷中央病院を見学されてはどうでしょうか。






