Knews No.36 HEALTHY LIVING

僧帽弁閉鎖不全症のはなし

久保 俊介
循環器内科 副医長

僧帽弁閉鎖不全症の症状は?

図1

 心臓は図1のように4つの部屋があり、血液が静脈側から動脈側へ一定の方向に流れるための「弁」があります。そのうち、肺から新しい血液が送られてくる左心房と、その血液を全身に送る左心室の間にあるのが僧帽弁です。僧帽弁閉鎖不全症は、この僧帽弁が完全に閉じなくなり、心臓から大動脈へ血液を送る際に、血液が左心室から左心房に逆流する病気です。弁自体の劣化によるものと、心臓の機能の悪化によって起こるものがあります。
 症状としては動作時の息切れや足・顔面のむくみ、入院が必要な心不全や食欲低下などが挙げられます。僧帽弁閉鎖不全症が持続することで、心臓の機能が徐々に悪くなります。入院が必要な心不全を繰り返すことは、生命を縮めることにつながります。

治療方法を教えてください

 治療法は薬による治療や、外科手術である僧帽弁置換術と僧帽弁形成術があります。

表1
治療法 有益な点 不利益な点
薬による治療 体への負担が少ない 根治的な治療法ではないため、効果および効果の持続時間が限定的
外科的僧帽弁置換術 根治的な治療法である 体への負担が大きい
外科的僧帽弁形成術 自己弁が温存できる 体への負担が大きい 再発がある
経カテーテル僧帽弁形成術 大きな手術のできない患者さんにも治療ができる自己弁が温存できる 僧帽弁逆流の減少の程度が外科手術に比べて劣る

 

図2

 このたび当院で開始した僧帽弁閉鎖不全症に対するMitraClip NTシステム(図2)を用いたカテーテル治療では、外科的治療のように開胸することなく、カテーテルを太ももの付け根の血管から挿入し、MitraClip NTシステムの先端に付属したクリップを僧帽弁に留置する治療法です。手術に比べて体への負担が少ないため、手術の危険性が高い患者さんでも治療が可能です。
 このシステムは、開胸せず、人工心肺を用いることなく、僧帽弁逆流を減少させる治療法として開発されました。ヨーロッパで2003年に1例目が行われてから、ヨーロッパ、北米を中心に、すでに6万人以上の患者さんに行われています。日本でも2015年から2016年に治験が行われ、良好な成績が得られました。2018年4月に保険償還となり、治療が可能となりました。

治療手順を教えてください

 太ももの付け根の動脈(大腿静脈)から、カテーテルを心臓に到達させます。治療対象の僧帽弁の弁尖の部分をカテーテルの先に装着したクリップで挟んでとめます。僧帽弁逆流が減少していることを確認してクリップを留置し、逆流が残っている場合はクリップを違う場所に置き直したり、追加のクリップを留置したりすることもできます。
 治療は約2~3時間で終わりますが、部屋を出てから集中治療室に帰るまでには4~5時間かかります。合併症が無ければ、その日のうちに麻酔から覚め、夕方には食事を取れます。治療後は翌日に一般の病室に戻り、術後約3日で退院となります。
 原則として全身麻酔で行いますが、心臓を切開して人工弁を縫合したり、弁を形成したりする手術ではありませんので、人工心肺は使用しません。

誰でも対象になりますか

 MitraClipは外科的弁置換術・形成術の危険性が高い、もしくは不可能と判断された場合に適応になります。具体的には、非常に高齢である、心臓手術の既往がある、心臓の動きが悪い、悪性腫瘍の合併がある、免疫不全の状態である、脆弱である、などが挙げられます。しかしながら、僧帽弁の形態によりMitraClipの治療自体が困難な患者さんもいらっしゃいます。最終的には全身状態の評価とともに、心エコー等で僧帽弁の評価を行い、循環器内科医、心臓血管外科医、麻酔科医などの多職種からなるハートチームで議論し、MitraClipの適応と治療方針について決定します。

僧帽弁閉鎖不全症の予防や、日ごろ気を付けるポイントを教えてください

 僧帽弁閉鎖不全症は心筋梗塞や心筋症の既往がある方で心機能が徐々に低下し発症することがありますので、定期的に心エコーを行うことで早期発見が可能です。僧帽弁閉鎖不全症では労作時の息切れや倦怠感などの心不全症状が出ますので、注意いただければと思います。特に高齢者では活動性が落ちて、症状に気づかないことがありますので、ご家族が最近の様子を気にかけて病院受診を勧めることで、診断がつくこともあります。